第239話

程なくしてバランタウンに到着。

門番にギルドカードを見せて中に入る。現時点では日没後でも出入場できるのがここのいい所だ。


「スパラッシュさんオススメの宿とかある?」


「やはり『戦場の出城亭』でさぁ。店主が元冒険者ってんであっしらみてーなモンにはありがてぇ宿でさぁ。」


「じゃあそこにしようか。空いてたらいいね。」


宿に泊まるのは初めてだ。ドキドキするな。


「いらっしゃいませー。」


若い女の子だ。やはり受付はこうでないとな。


「二人です。二人部屋でも一人部屋を二つでもいいです。空いてる方でお願いします。」


「二人部屋が空いてるよ。夕食・朝食付きで銀貨六枚ね。」


「それでお願いします。」


そう言って私は銀貨六枚を渡す。これは高いのか安いのか。


「坊ちゃん、甘えさせていただきやす。」


「いいよ。ガイドだから当然だよね。」


「一時間後ぐらいに夕食をお願いできますか?」


「いいよ。お湯はどうする? 別料金だけど。」


「いえ、結構です。」


「じゃあ二階の奥、二十五号室を使ってね。」


「分かりました。じゃあスパラッシュさん、先にお風呂入りたくない?」


「そ、そりゃあもちろんでさぁ。バランタウンにそんなもん……いや、分かりやした。またまた甘えさせていただきやす。」


私達は街の端に移動した。小さい街なので十分も歩けば着いてしまう。そこに鉄湯船を出す。お湯は入ったままだ。いつ以来の出番かな?


「じゃあスパラッシュさん、入る前に体を洗ってね。」


下に鉄ボードを敷き、手桶を出す。


「石鹸持ってる? 無ければこれを使ってね。」


「何から何まで……あっしは物見遊山に来たようなもんでさぁね……」


スパラッシュさんが洗い終わったので、今度は私だ。

あーさっぱり。埃の多い所に居たからなー。


そして私も入浴。

今日は大人しく入るだけにしよう。空中露天風呂はお休みだ。


「いやースパラッシュさんのおかげで簡単に集まったよね。さすがだよね。」


「いやいや坊ちゃんのお力ですぜ。普通は往復するだけで三週間はかかりまさぁ。しかも今日みたいに『呪いの魔笛』を使う訳にもいかねぇんで。だいたい四週間から一ヶ月はかかりまさぁ。」


「頑張ってるからね。あ、ノワールフォレストの森にマギトレントがいるよね? 居場所知ってる?」


「マギトレントですかい。こいつぁまた……正確な場所は知りやせんが、調べておきやしょう。」


「ありがとね。それでお風呂を作りたくてね。この間一緒にいた女の子がいるじゃない? あの子んちの風呂がマギトレントだったもので欲しくなっちゃったんだよ。」


「マギトレントの風呂ですかい……何て贅沢を……」






さっぱりした私達は宿に戻った。

もちろんスパラッシュさんは魔法で乾燥してあげた。隠形も使っていたので誰も私達には気付いてないだろう。地面に水の跡はあるがそんなものから、『ここで誰か風呂に入ったな!?』なんて考える者もいないだろう。いても困らないけど。


夕食はギルドでもお馴染み『オークのジンジャー焼き定食』だった。


「スパラッシュさん、お酒は? 好きなら飲んでいいよ。」


「マジですかい! ありがたくいただきやす! 本格的に物見遊山になってきやしたね!」


すかさず従業員さんがやってきた。動きが早くて好感が持てる。

「エール一杯銀貨一枚よ。いいの?」


「いいですよ。スパラッシュさん、好きなだけ飲んでね。」


「いいんですかい! ご馳走になりやす!」


スパラッシュさんはご機嫌だ。

そこに無粋な声が。


「貴族の坊ちゃんは景気がいいねぇ。俺らも飲みてーなー。」

「坊ちゃんよぅ俺らにも飲ませてくれやー。」

「そうそう、そしたら魔境で危ない奴らに絡まれなくて済むぜぇ。」

「ギャハハ! そりゃオメーのことじゃねーか!」


おお、久々のファンタジーあるあるだ! 宿で楽しく食事をしてたら酔っ払いに絡まれるアレだ! でもアレは女の子と楽しく食事をしてる時じゃなかったっけ?


「俺の役に立ってくれるんならいいぜ? オッさんよぉ。」


もう見知らぬ人間に敬語を使うのはやめた。

まあこいつら見た目は二十代前半かな。


「オメーら何等星だ? こちらのスパラッシュさんは六等星で俺に金貨を五十枚以上稼がせてくれた。だから好きなだけ飲んで貰ってる。オメーらはどうよ?」


「ちっ、『毒針スパラッシュ』かよ。アンタともあろうモンが何でこんなガキに!」

「げっマジかよ!」

「あの毒針が子供の相手かよ! 落ちたもんだなぁ!」

「幻滅ぅー!」



「坊ちゃん、すいやせん。こいつらにはあっしから言って聞かせやすんで命だけは勘弁してやってくだせぇ。見たところ八等星、大きい依頼を終えて気が大きくなっているだけのようでさあ。」


すごいな。そこまで分かるものか。

それにしても毒針スパラッシュって言うのか。かっこいいな。


「アンタほどの男が貴族相手に尻尾振るんかよ!」

「知ってるぜ! 寄らば貴族の陰って言うんだろ!」

「うっわークタナツで貴族に尻尾振っても意味ねーのに!」

「幻滅ぅー!」


ん? 矛先がスパラッシュさんに向いてないか? 何だかムカついてきたぞ。


「お姉さん、ここのお酒を樽で貰える?」


「金貨四枚ね。」


「お前ら飲みたいんだったな。サービスだ。飲ませてやるぞ。」


水操みなくり


本邦初公開。名前の通り水を操る魔法だ。

普段水球を魔物の顔に張り付かせているのとほぼ変わらない、簡単な魔法なのだ。


樽から酒を奴等の口、鼻に直接流し込む。

おっ、一人だけ生意気に鼻を塞いでやがるな。まあ時間の問題だけど。




一人あたりニリットルは飲ませてやったかな? 飲ませてくれと頼まれたのだから仕方ない。


「出しゃばってごめんね。スパラッシュさんを馬鹿にしたのが許せなくてさ。」


「いやいや坊ちゃんのお気持ちは嬉しくてたまりやせんぜ! しかもあっしごときに配慮いただきやして、こいつらの命を助けてくださるたぁ。アリガタ山のトンビクロウでさぁ。」


「そりゃスパラッシュさんの言うことは大事だからね。さーてお姉さん、樽に残った酒はまだ半分以上あるよね? おう、野郎ども! スパラッシュさんの奢りじゃあ! ガンガン飲めやぁ!」


歓声が上がり次々に樽から酒が汲まれる。

私も飲みたい……


冒険者達は嬉しそうにスパラッシュさんに挨拶をしている。私も嬉しい。やはり冒険者はこうでなくては。


いつの間にやら吟遊詩人まで現れた。

リクエストを聞かれたので勇者ムラサキの歌を頼んだ。リュートに合わせてしっとりと歌が始まる。


『ムラサキムラサキ強いぞムラサキ

趣味は悪いが強いぞムラサキ

仲間も全員強いぞムラサキ

毒も薬も使うぞムラサキ

人質だってとっちゃうムラサキ

デランサイファは天下無双

ダーインクライス絶対無尽

ムラサキムラサキ強いぞムラサキ

ムラサキムラサキ我らの勇者』


「ご静聴ありがとうございました。」


吟遊詩人は脱帽して一礼する。

脱いだ帽子にはお捻りが投げ込まれる。私も銀貨一枚入れておいた。ふざけた歌詞なのに美しい声と優しい旋律が印象的だった。


それからがまた楽しかった。

魔女の歌、剣鬼の歌、魔王の歌、四天王の歌……

特に四天王の歌ではコール&レスポンスを要求されて吟遊詩人と観客が一体となった。


『奴は四天王の中でも最弱』『最弱!』

『ノコノコ行ったあいつすぐ死んだ』『死んだ!』

『勇者に斬られたカス面汚し』『汚し!』

『毒で死んだあいつマジ間抜け』『間抜け!』


熱い夜だった。この夜は伝説のギグとなるだろう。ライブハウス戦場の出城亭へようこそ。

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