第123話 十月十二日、早朝
一方、開門と同時に馬車でクタナツを出発したイザベルとマリー。
キアラは半ば無理矢理に治療院に預けてきた。この時点でカースは目覚めてないし、キアラも起きなかった。
起きたら起きたで大泣きをするかも知れない。
下級とは言え貴族の婦人が御者と二人だけで魔境に赴く。普通なら誰もがおかしいと感じるのだが、そこはクタナツ。そしてアランの妻であり『魔女』の二つ名を持つイザベルである。城門の騎士達も「お気をつけて」の一言でお終いだ。
欲を言えば、マリーを温存するために御者を手配したかったが、今回の目的からするとそうもいかない。
マリーが御者をし、イザベルは馬車の中で瞑想をしつつ更なる回復を図っている。
そろそろ昼になるが、マリーには現在地が分からなくなってしまった。
自分の知識通りのルートを通っているので、そろそろ草原が見えてくるはずなのだが、一向に見えない。
イザベルの瞑想を邪魔するわけにはいかないが、見当違いの場所に行ってもまずい。
仕方なくマリーはイザベルに声をかける。
「奥様、申し訳ありません。迷ってしまいました……現在地が分かりません。」
「あなたらしくないわね。迷うような場所ではないの……に?」
イザベルは言葉を失う。
自分の記憶と景色が違いすぎるのだ。
時間的にグリードグラス草原の入口あたりのはずだが、草原などどこにも見えない。
落ち着いて周囲を見渡し、地面を見て思い出す。カースが焼き尽くしたからだ。
「マリー、このまま進みましょう。問題ないわ、ここはもうグリードグラス草原よ。」
「あっ、なるほど。カース坊ちゃんが……」
そしてひと騒動はあったが馬車は進む。
そしてアランとフェルナンドは、
「嘘だろ……兄貴、もうグリードグラス草原から出てしまったぜ。」
「ああ、早すぎる。笑えてくるな。それにあそこを見てみろ。あれじゃないか?」
フェルナンドが指差す方向には、一匹のグリーディアントが横たわっていた。
「いた!グリーディアントだ!やった!これで問題なしだ!」
アランはなぜ一匹の蟻を見つけただけで解決したかのような口ぶりなのか。
それはグリーディアントの習性に関係している。
やつらはある程度の大きさの死骸を虫、動物問わず獲物としている。それは仲間の死骸とて例外ではない。
それなのに昨日の深夜から今に至るまでこの場に放置されている。夜にしか動かないことを考えてもグリーディアントとは思えない放置っぷりだ。
よって、この辺り一帯のグリーディアントが全滅したと考えるのは自然だと言える。
理由は知られていないが、グリーディアントは一匹でもいれば、後から後から仲間が現れるものなのだ。
オディロンの右腕を狙った個体は第一発見蟻だったのだろう。それも発見から間もないと考えられる。
またグリーディアントは地下や岩山に巣を作るが、カースの魔法によって蒸し焼きにされたのか、水が流れ込み溺死したのか。
通常蟻の巣というものは水が流れ込まないはずだが、なぜか今回は運良く全滅したと考えていいだろう。
単に出入口が塞がっただけの可能性もあるが、それであればとっくに修復していることだろう。
また全滅してないとしても、あの個体が放置されている時点でクタナツを狙うどころではない状況なのだろう。
「よし、これで安心だな。お前はもう帰れ。俺はここらで一泊してから帰る。」
「そうだな。兄貴には面倒をかけるが、今夜一晩何もなければ確実だよな。」
「ああ、帰りの城壁の問題もあるが些細なことだ。よかったな、アラン。」
「兄貴、本当にありがとな。小さい頃からいつも世話になりっぱなしで……」
「ふふ、どうした急に。馬鹿野郎、さっさと帰れ。」
アランはフェルナンドに感謝しつつ、グリードグラス草原を後にした。
そのうちイザベル達の馬車と合流できることだろう。
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