第40話 カース、入学
クタナツの危機も一応は解決を見たらしい。
母上も前回同様協力したそうで、大活躍してお代官様から父上と揃って表彰されたとか。
もうすぐ出産だというのに人使いが荒いな。まあそれほどの危機だったのだろう。
結局前回の原因の寄生キノコ説が間違っており、寄生植物説が正しいのか?
どうもすっきりしないな。
「カース、今日から一年生ね。お母さんは行けないからお父さんと一緒に行くのよ。
お友達がたくさんできるといいわね。」
「うん!セルジュ君やサンドラちゃんもいるしね。楽しみだよ。」
「うふふ、いってらっしゃい。」
例によってマリーの操る馬車で向かう。どうも馬車は酔うから好きではない。
しかしガチガチの礼服を着ているため走ることはできない。ギリギリ歩けるぐらいなので、馬車で行くしかないのだが。
「なんだカース、馬車に酔ったのか。意外な弱点があるもんだな。」
「うーん、明日からは歩いて行くよ。馬車嫌ーい。」
「仕方ないな。ならウリエンの時のようにマリーに馬車で付いて行ってもらうとするか。
まあ雨の日は馬車に乗ればいいさ。荷物もあることだしな。」
「それがいいかな。もしくは馬に直接乗ったらだめ?」
「だめだな。街の中で騎乗が許されているのは騎士だけだからな。」
「じゃあやっぱり歩くか走るよ。」
そして馬車が止まる。
「到着いたしました。改めましてカース坊ちゃん、ご入学おめでとうございます。
では旦那様、いってらっしゃいませ。」
「おう、マリーも後でな。」
父上と連れ立って校門をくぐる。木の塀で囲われた作りになっており、さすがに現代日本の小学校とは大違いだ。
初めて訪れる学校を観察していると、
「カース君!おはよう!」
「あっ、セルジュ君おはよ!」
セルジュ君やサンドラちゃん、スティード君とは月に一、二回遊んでいるので久々の再会ではない。
「シメーヌおば様おはようございます。」
「カースちゃんおはよう。まあ、マーティン卿ではございませんか。
珍しいところでお会いできて光栄ですわ。先日のご活躍、さすがですわ。
クタナツをお守りいただきありがとうございます。」
「いやいや、ミシャロン夫人。あれは全員の力ですよ。
もちろんサムソンも奮闘してましたとも。」
「マーティン卿にそう言っていただけるなんて。主人も喜ぶと思います。
ところでイザベル様のお加減はいかがで?」
「順調ですよ。今月中には生まれると思います。」
「まあ!それはおめでとうございます!
カースちゃんもお兄ちゃんになるのね。」
「はい! 僕お兄ちゃんになります!」
「うわーカース君いいなー。うちは姉上が三人もいるけど、弟も妹もいないんだよ。」
「あはは、それは神様にお願いするしかないよね。」
セルジュ君は末っ子長男だったのか。それは楽そうでもあるが、大変そうだ。
両親にしっかり聞こえるように神様にお願いしておくんだよ。
さあ入学式だ。サンドラちゃんやスティード君が見えたので手を振っておく。
人口三千人ぐらいだと聞いてるが、ここだけで五百人ぐらいいそうだ。
もしかして三千人って間違いなのか?
私の学年はおよそ五十人ぐらい。一番多い学年らしい。
見た目で判断すると私のような下級貴族家が十人、上級貴族家が三人、残りが平民階級のようだ。
ちなみに奴隷でも学校に行くことはできる。本人とその主人が希望すればの話だが。
わざわざ奴隷に休みを与えてまで学校に行かせようとする奇特な主人はそうそういない。
学校だってタダではないのだから。
そんなことを考えていると、偉そうな人が前に出てきた。
「みなさん、入学おめでとうございます。我が国で最も魔境に近いクタナツにおいて、みなさんが今日まで生きてこれたことを嬉しく思います。
私、クタナツ生まれクタナツ育ち、強そうな男はだいたい友達、校長のジャック=フランソワ=フロマンタル=エリ・エローと申します。
気軽にエロー校長と呼んでくださいね。
本日新たに五十三名の仲間をお迎えできて在校生共々大いに喜んでおります。
我が校のみならず、我が国の教育は平等! これを理念に置いております。
基本からゆっくり進めていきますから、心配はいりませんよ。
人並みの知能があれば遅れることなどありません。一緒に楽しく頑張りましょうね。」
校長先生か、すごいな。校長ってより軍曹って感じだ。
ダボっとしたローブのような服を着ているため肉付きは分からないが、大きい。
頭髪は禿げ上がり、額には横一文字の大きな傷跡がある。
「では新入生を代表して、アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルさんのご挨拶です。」
優しそうなおばさん、ヒステリーなど起こさないタイプの先生が進行をしている。
新入生の中から女の子が前に歩み出た。
金髪をふわりと靡かせ位置に着く、そして軽く頭を振り客席を見つめる。
「皆様、私のような若輩者がご挨拶申し上げることをお許しください。
アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルでございます。
クタナツには一年前に来たばかりで分からないこともたくさんあります。
逆にみなさんが知らないことも知っているかも知れません。
仲良く助け合ってここ『
ん?いま何かアクセントがおかしかったようだが?
だがとても五歳とは思えない挨拶だ。これが上級貴族の標準仕様なのか?
一年前ってことは新しい騎士長の縁者と見ていいだろう。
まあ父上の上司の子供だと仮定して付かず離れずで様子を見よう。
「それから私ごとで恐縮ですが、私は狼ごっこが大好きです。
好き過ぎて『狼アレックス』とまで言われるぐらいです。
腕に覚えのあるお方の挑戦はいつでも受けて立ちますわ。」
会場が笑いに包まれる。
みんなアレックスが冗談で笑いを狙ったと思っているようだ。
違う!
私には分かる。
あれは獲物に飢えた狼だ。
確かに一般的には五歳になる頃には狼ごっこをする者はあまりいない。
しかしアレックスは本気だ。
本気で相手を求めている。
あの飽くなき渇望は一体どこから?
いいだろう。
狼ごっこの神童と言われたこのカース・ド・マーティンが胸を貸してやろう。
そして思い知れ!自分が『
この辺りでは『井の中の蛙』のことをこう言う。
ついでに『内弁慶』のことは『家ムラサキ』と言ったりする。家の中では勇者なのだ。
入学式も終わり各教室に案内される。
私は一組、貴族と比較的金を持ってそうな平民のクラスのようだ。
「さあ皆さん。席に着いて。
私が一年一組を担当するミシュリーヌ・ウネフォレトです。
一年間一緒に勉強しましょうね!
では早速自己紹介をしてもらいますよ。
アレクサンドルさんからね。」
「はい! 改めまして、アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルです。
先程は狼ごっこのことしか言ってませんでしたが、本当はゴブ抜きの方が得意です。いつでも挑戦は受けます!」
あれ?
もしかしてこいつ、遊びに誘って欲しいのか?
ははーん、親が騎士長だし、来たばっかりだし友達がいないんだな。
なるほど、これもある種のツンデレなのか?
何人かの自己紹介が終わり
「サンドラ・ド・ムリスです。
学問に興味があります。狼ごっこも好きです。」
輝く金髪を短く切り揃えて知的に見える。
くりくりした目も相変わらず可愛らしい。
「スティード・ド・メイヨールです。
騎士になりたいです。そのために狼ごっこも頑張ります。」
いつのまにか伏し目をしなくなり、より意志の強そうな瞳を持つようになった。
「セルジュ・ド・ミシャロンです。
狼ごっこも悪くないですが、ゴースト
彼は変わらないなぁ。
「カース・ド・マーティンです。
狼ごっこでは負けたことはありません。無敵です。ゴブ抜きも最強です。」
どうだ?
もちろん嘘に決まっているが、一緒にやりたくなっただろう。
それにしてもみんなも優しいな。
アレックスに気を遣って狼ごっこについて言及するなんて。
「さあ、みなさん自己紹介が終わりましたね。これからは狼ごっこだけでなく勉強も頑張りましょうね。
さあ今日はここまで、さよならさよならまた明日。」
さあ帰ろう。
と、思っていたら、
「ちょっと、マーティン君!」
おや、誰だろう?
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