第39話 クタナツクライシス再び
春が来る。
あと一週間ぐらいで入学式だ。
オディロン兄は四年生になる。
あれから下級魔法の数は増えてない。
今できる魔法に磨きをかけるだけだった。
木刀もカッコいい、剣術は習ってないので専ら魔法に使ってる。
学校に入ったら剣術、魔法両方の授業に使うつもりだ。
暖かい風が吹き始める頃、陽気に浮かれているクタナツに再び危機が訪れようとしていた。
「代官閣下! 申し上げます! 正体不明の植物がクタナツより北に大量に生えております。」
「なに? 現時点で分かっていることを報告せよ。」
「はっ、二年前の大襲撃のルートをなぞるかのように若木が生えております。
高さは一メイルにも満たないぐらいです。昨日の夕方の時点ではなかったものです。」
「ふむ、あの時キノコに寄生されたものはいなかったはずだな?」
「はっ、クタナツ内はおろか周辺の魔物にも寄生された形跡はありませんでした。」
「あの時、却下された仮説の中に植物系はなかったのか? 特にグリードグラス草原に関するものだ。」
「はっ、あったかと思います。
『魔物に寄生する植物』は当時未発見のため却下されておりました。」
「ふむ、あそこは草原だからと甘く見てよい場所ではない。まだまだ我々に知られておらぬ植物がいても不思議ではないな。
よし、標本を十株程度集めたら全て焼き尽くす。ただし今回は根から焼く必要がある。
土魔法と火魔法を使える魔法使いを二人一組で運用する。
クタナツの全魔法使いを招集せよ。学生もだ。」
「御意にございます。」
この植物だが、見た目はクヌギの木に似ている。現時点ではただの苗木だが。
通常、キノコに限らず寄生生物は対象の体内に入る必要がある。
『パラシティウムダケ』の場合、体表に取り付いて対象生物の免疫を突破した胞子が体内で繁殖し乗っ取る。
また、植物であれば実を食わせた後に種が腹の中で発芽し、対象がある程度移動したタイミングで全栄養を吸い取り急激に成長、その場で新たな木となる個体もいる。
今回の場合、二年前の種が土中に残っていたとも考えられるが、なぜ去年ではなく今年なのか?
十数万といた魔物が全て腹に種を抱えていたのか?
念入りに焼き尽くしたはずだが、その高温に種であっても耐えられるものなのか?
疑問は尽きない。
しかしこれを放置したならすぐにでもクタナツが植物によって埋め尽くされ、じわじわと滅亡してしまうだろう。
一方冒険同業者協同組合、通称ギルドでは。
「緊急依頼じゃあ! 二年前の続きかも知れん!
特に土と火の魔法を使える者は優遇、報酬五割増しだ!
それ以外の奴は全員でルートを遡る!
そして端から全部引っこ抜いちまえ!」
組合長ドノバンの声が響く。
このギルドは辺境だけあって腕利きの冒険者やパーティーが多い。
普通の襲撃なら嬉々として蹴散らすだろう。
しかし今回は勝手が違った。
「おう組合長よぅ、前回は誰も出るなっつって今回は出ろってか!
全部終わるまで帰れねーってことはねーだろーな?」
「テメーらみたいなボンクラが頭を使ってんじゃねぇ!
前回はキノコ、つまり胞子がやばかったんだがよぉ、今回は木、意地汚く実や種を食わんにゃ問題ないわ!」
「俺は行くぜ。俺らは最強のクタナツ男だろ? 木なんかにビビってんじゃねぇぞ。」
「誰がビビってんだよ! 行くに決まってんだろ! ボケが!」
こうして官民一体で掃討作戦は開始された。
土魔法で根こそぎ木を掘り起こし、火魔法で土ごと焼き尽くす。
有力な魔法使い達の魔力にあかせて半ば力技だ。
大きく掘り起こされ穴が空いた大地には学生達や市民の手によりさらに火をかけられ、根絶を狙う。
幸い今回のタイムリミットはこの木が花粉を放出するまででよい。
この木の成長速度からすると一週間ぐらいだろうか。
花粉を放出するタイプかどうかすら分からない。
それに普通花粉だけで繁殖などできないが、どんな影響を及ぼすか予測できないため、それまでに全滅させなくてはならない。
交代しながら昼夜を問わず作業は継続される。
「どうだ? この植物について何か分かったか?」
「お代官様、私が見るにラフレシアンヒドラの変異種のようです。
元々こいつはグリードグラス草原の中央辺りに生息する植物に寄生し大輪の花を咲かせるタイプなのです。
見た目はクヌゥギの木のようでラフレシアンヒドラとは似ても似つきませんが、一点だけ、異常な数の種子だけが共通します。」
「分からぬ、ラフレシアンヒドラが多数の種子を持つことは知っている。
が、今回の植物もそれ並みの種子を持っていると言うのか?
まだ若木、いやむしろ苗木にしか見えぬが一体どこに?」
「そこです。ここからは推論になりますが、ラフレシアンヒドラとクヌゥギの木、両者を結び付ける何かが起こったとしましょう。
その結果、どこでも生息できるクヌゥギと膨大な種子を宿すラフレシアンヒドラの性質を併せ持つ新たな植物、仮にキメラブラと呼びますか、が生まれたのではないでしょうか。
ちなみに種子は葉です。一見ただの葉ですが、裏側にびっしりと。」
「なるほど、
標本だが、ここから決して出すでないぞ。この内部だけで研究せよ。」
「分かっておりますとも。ノワールフォレストの森に生息する植物を相手にするつもりで厳重に管理いたします。」
「うむ、オークやオーガ、トロルすら操ったのだ、細心の注意を払うように。
それにしても、やはりここは辺境、いや魔境か……
オーガを一撃で屠れる猛者達が苗木ごときに翻弄されるとはな。」
「その辺りに魔境攻略の糸口があるのかも知れませんな。強さだけでは生き残れない……
かの剣鬼様ですらノワールフォレストの森から北には進まないらしいですから。」
「ふむ、一理ある。かの御仁は去年の夏にクタナツを通過されたとか。
会ってみたかったものよ。ではプランツよ、しかと申し付けたぞ。」
「御意にございます。」
代官レオポルドンが公爵家のツテで領都から呼び寄せた学者プランツである。
植物が専門という訳でなく、未知なるものに興味を示す男である。
前任者の詳細な報告書を辺境伯より見せられて興味を持っていたところに公爵家から声がかかり、喜び勇んでクタナツまで馳せ参じたのだ。
種子一粒残すだけで再び脅威になるかも知れない、前回も今回も対応が早かったため大事には至らなかった。
代官レオポルドンは人気こそないものの、皆が有能と認める男であるため、部下達の動きも早い。
指示が的確で少しのサボりもすぐにバレてしまうため動かざるを得ないのだ。
こうしてカース入学前の一週間は矢のように過ぎていった。
カースの両親は、特に母親は身重でありながら多大な貢献をしたため代官より直々に褒美を賜った。
その時、代官の目に微かな好奇の光があったことに気付いたものはいなかった。
代官本人も気付かなかっただろう。
明日はカースの入学式である。
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