第3話 掃除

「お邪魔します」


 僕の家の玄関先で、千歳ちとせがドアを開けながらそう言った。そして、ドアが閉まる音が聞こえた直後、千歳がリビングに入ってきた。


「……おい。今、さも当然のように人様の家に無断で入ってきたな」


「えぇ、それが?」


 頭の上に疑問符を浮かべながら、可愛らしく小首を傾げる千歳。こいつマジか、無自覚か。


「いや、普通は他人の家に入るときは、インターホンを押してから、家主がドアを開けてくれるまで待つもんなんだよ。間違ってもインターホンすら押さず、自分から堂々と開けて入ってくるもんじゃあないはずなんだが」


「そんなことくらいわかっているわよ」


「いや、でもお前」


「ここはあなたの家でしょう? それはつまり私の家でもある、ということなの」


「スケールでかっ!」


 その理論、戸建てにまで適用されるのか! ガキ大将もビックリだよ!


 そういうつもりで言ったわけでは、なんて呟きが聞こえた気がしたが、それを追及する前に再び千歳が口を開いた。


「大体、幼馴染の家なのだから、これぐらい普通でしょう? 私たちの間に礼儀なんて不要よ」


「お前、『親しき仲にも礼儀あり』って言葉知ってるか?」


「あら、あなた、私と親しい仲でいたつもりなの? あんまり自惚れないでもらえるかしら」


「言ってることがめちゃくちゃだ!」


 こいつは脊髄反射的に僕のことを否定しなければ気が済まないらしい。これはもはや習性と呼んでもいいレベルである。なんて迷惑な生態だ。


「もういいや……で、何しに来たんだ?」


 確か今日の勉強会は、千歳が午前中は予定があるとか言っていたため、午後からのはずだったのだが。壁に掛けられた時計を確認すると、まだ針は午前10時を指している。約束の時間にはまだ余裕があるはずだ。


「いえ、午前の用事が思っていたよりも早く終わったから、もうこっちに来てしまおうかと思ってね。でも、お陰で良いものが見られたわ」


「良いもの?」


 何だそれ。ここ最近は、それこそ我が家のようにほぼ毎日来ているお前ならわかっていると思うが、僕ん家は別に何も変わってないぞ。


「別に家のことではないわ。あなたのことよ」


「僕のこと?」


 え……何それ、今日もあなたに会えて嬉しい的な? 急にそんなことを言われても、こちらとしては反応に困るというか……ていうか、こいつってそもそもこんなことを言うような奴だったか? まさか、前回から新たなキャラに目覚めたとか……うーん……


 僕が頭を抱えて悶々としていると、千歳から声が投げかけられた。


「えぇ。私がいないとろくすっぽ勉強もせず、エアコンのきいたリビングでだらだらとアイスを食べている、救いようのない愚か者の姿を見れて、私はとっても嬉しいわ」


 ご安心を。千歳は全く変わってなんかいない。


「……」


 僕も千歳のその笑顔が見られてとても嬉しいよ、という返しが浮かんだが、言わなかった。というより、言えなかった。

 それくらい、笑った千歳の纏うオーラが禍々しく、これ以上口を紡ぐことを許さないレベルにまで達していた。

 涼しい部屋にいるはずなのに、背中から出る冷や汗が止まらない。

 いや、むしろ涼しいからこそ冷たい汗が出るのか。あれ? そもそも冷や汗ってなんだっけ?


 自分の描写に混乱してしまうほど、今の僕は焦っていた。


「ち、違うんだ千歳! お前は誤解している!」


「ほう」


 この状況で、一体どんな言い逃れをするつもりなのかしら、楽しみね、と千歳の目が物語っていた。

 だがしかし、そんな視線で臆する僕ではない。

 見せてやるぜ。僕の十八番、詭弁をな!


「ぎゃ、逆だよ千歳。逆転の発想だよ。僕は今朝から勉強していて、もう既に午前中のノルマは達成し終わった後なんだ。このアイスは、千歳がいない中頑張った自分へのご褒美さ。だらだらしているように見えるのも、勉強していた故の疲労感からかもしれないな。いや、そうとしか考えられない」


 今咄嗟に思いついたことを、口が動くままに流れに任せて捲し立てた。我ながら惚れ惚れするほどの詭弁である。


「そう。ならば、今からあなたの部屋へ行って、ノートを見せてもらってもいいかしら。昨日からどのくらい進んだのか、楽しみだわ」


 一瞬で追い込まれる僕だった。


「ちょ、ちょっと待て! あー、あれだ! 僕、さっきまで暗記科目をやっていたから、ノートは使ってないんだ!」


「そう。では、その科目の参考書を見せてもらえる? 私、あなたが持っている参考書は、紙の状態を見るだけでいつ使われたかどうかわかるから」


「何だその気味の悪い能力!」


 もちろん冗談だとは思うけれど、こいつが言うと本気に聞こえてくる。

 僕のツッコミを軽く受け流し、千歳は僕の手からアイスを奪い取る。あまりに突然の出来事で、僕は咄嗟に反応できなかった。すると千歳は、残り少なくなったそれを己が口に放り込み、棒だけを僕に押し返してきた。


「残念、ハズレだったわ」


「いやお前、自然な動作で何してんだよ。あまりに洗練された動きだったから、ついつい見逃しちゃったぞ」


「別にいいじゃない。ハズレだったんだから」


「意味がわからない上に、これ以上ないくらいの結果論だな」


 当たり棒だったらそのまま自分のものにしていたんだろうなぁ……まぁいいか、愛する千歳の為ならば(激寒)。


「それじゃあ、さっさと部屋に行くわよ。午前中サボった分、みっちり償わせてあげるから」


「まだサボってたって決まったわけじゃないからな!」


 未だ見苦しい言い訳を続ける僕。

 ハズレ棒をゴミ箱に捨て、階段を上る千歳を追いかける。


「うるさいわね。いい加減認めたら……」


 そんなことを言いながら僕の部屋のドアを開けた千歳は、しかしドアノブに手を掛けたまま固まった。

 その視線は、僕の部屋の中に固定されている。


「どうしたんだよ、早く中に入れよ」


 後ろから声をかけるが、聴覚を遮断しているのか、千歳は全く反応しない。仕方なくぽんっと軽く肩を叩くと、千歳はようやく振り返った。ーーー振り返って、我に返った。


「……今日は勉強会は後回しにしましょう、かず


「はぁ? どうした、急にお前らしくもない」


 訝しく思って聞き返すと、千歳は前方を指差しながら言った。


「私たちは、まずこの汚い部屋をどうにかしないといけないわ」


 ーーー千歳の指差す先には、物で溢れかえった僕の部屋があった。




*****




 ーーーー掃除。

 あまり好き好んで積極的にしたいとは思わないであろう、人間なら誰しもが億劫に感じる、そんな作業。

 そう思いつつも、何故人は掃除をするのだろうか。

 答えは簡単、生活ができないからである。

 潔癖症、とまで言ってしまうと、極度の病気に発展してしまうけれど、それでも人間という生き物は、誰しもある程度は潔癖性を有していると思う。

 よくテレビなんかではゴミ屋敷に住む芸能人が特集されたりしているけれど、あれの方が特別なのではないだろうか。


 人間、できることなら清潔な場所で暮らしたいはずだし、その方が(精神)衛生上も喜ばしい。

 整理整頓された部屋と、ゴミで溢れかえった部屋、どちらに住みたいかと問われれば、ほぼ全員が前者と答えるに違いない。


 とまぁ、こんなことを言っている僕ではあるが、勘違いしないで欲しいのは、僕もその例に漏れず、できるだけ清潔な暮らしをしたいと思っている人種だということだ。むしろ、僕はこまめに掃除をする方である。毎週日曜日、週1回のペースで自分の部屋はしっかりと綺麗にしている。


「それが、何でこんな惨状になっているのかしら」


「いや、だからさっきも言ったけどさー、午前中に探し物をしていただけなんだって」


 ここでもう1つ勘違いしないでいただきたいのは、僕の部屋は確かに現在物で溢れかえってはいるが、ゴミで溢れかえっているわけではないことだ。部屋中の物をいろいろとひっくり返してしまったため、あちこちに物が散らばり足の踏み場がなくなっているが、その中にゴミは1つもない。服が脱ぎっぱなしであったり、食べ終わったカップラーメンが床に転がっていたりなんて絶対にしていない。


 だから、この場合は汚れているというよりは、散らかっていると言った方が表現としては正しい。


「確かに言われてみれば……昨日までは仕舞われていた物だらけね」


「だろ」


 僕の説明を受け、千歳はふむと1度頷いた。


「つまり、一樹は物は出すけれどお片付けはできない、5歳児ということね」


「違うわ!」


 もう少ししたら片付けようと思っていたところに、運悪くお前が来たんだよ! お前が予定通りに来てりゃ、僕の部屋はとっくに片付いていたんだ!

 つまりこれは千歳が悪い。僕は悪くない。


「見事なまでの責任転嫁ね。ところで、『責任転嫁』ってかなり最低な行為だとは思わない? だって『責任』を『転』がして『嫁』に向けるのよ? 夫はどれだけ亭主関白なのよって話よね。………もしかして一樹、あなた、これって遠回しに私に僕の嫁になってくれって」


「違うわ!」


 先程と全く同じツッコミを繰り返すことになった。

 どんだけ深読みしてんだ、こいつ。


「ごめんなさい。私まだ高校2年生だし、そういうのはちょっと……」


「何で僕、勝手にプロポーズさせられた挙句、勝手にフラれたことになってんの?」


 まだ続けるのか。まぁ付き合うけれども。


「ごめんね。気持ちは嬉しいけど、今は部活に専念したいから」


「いや、そんな運動部のエースがマネージャーに告白された時にありがちな返事っぽく言われても、そもそも違うから。全くそんな意図なんてなかったから」


 そもそもお前、部活なんて入ってないだろ。


「え……違うの?」


 驚いた顔をしたと思ったら、急に残念そうな顔になり、千歳は涙を拭う仕草をした。


「しくしく、しくしく……」


 いや、自分で擬音を言っちゃってるし。

 一発で泣き真似だとわかる、見事な猿芝居だった。

 どうやら、千歳には女優の才能はないらしい。


「あの、もうそろそろいいか? 早く片付け始めたいんだけど」


「そうね。さっさと終わらせてしまいましょうか、かずのすけ君」


「かずのすけ君って誰だ」


 声を掛けると、千歳は泣き真似をやめて、まるで何事もなかったかのようにいつもの感じに戻った。

 この切り替えの早さには恐るべきものがある。


「片付け始めるのはいいけれど、その探し物というのは見つかったの?」


 千歳がそんなことを聞いてきた。


「……いや、残念ながら見つかってない。確かこの部屋に仕舞ったと思うんだけどなぁ」


 僕の記憶違いだったのだろうか。後で家の別の場所も探してみるか。


「そう。興味がないから別に深く聞きはしないけれど、見つかるといいわね」


「あぁ」


 僕にとっては大事な物なので、もしなくしていたら結構ショックなのだが、そうそうなくすような小物ではない。より念入りに探せば出てくるだろう。


 というわけで、前置きがかなり長くなってしまったが、ようやくお掃除開始である。




*****




 ーーーー申し訳なくなるくらい長い前置きをしておきながら、しかし僕たちの片付け作業は難航を極めていた。


「あー、これ懐かしいなぁ。小学生の頃にハマってた漫画だ。まだ残してあったんだなぁ」


 そう呟きながら、僕は小さい頃に集めていた漫画に読み耽っていた。今にすれば、何故こんなものに熱中していたのだろうと思うけれど、こうやって何年も経ってから改めて見てみる作品は、懐かしさも相まって僕を惹きつけるものがある。


「この単行本、発売日当日に買いに行ったんだけど、何処にも置いてなくて泣きそうになったなぁ」


「ちょっと、一樹。幼き日を振り返る前に、まずは現在の自分の状況を振り返ってもらえるかしら。さっきから全く片付けが進んでないじゃない」


 ーーーそう、僕たちの片付けがなかなか進まない原因は、散らかした物を拾う度に、僕の手が懐かしさでいちいち止まってしまっていたからだ。お掃除あるある、である。


 千歳が家に来る前、無造作に取り出した際には、探し物の方に意識が向いていたため気にも留めていなかったが、こうして1つ1つ元に戻すとなると、どうしても手に取って昔を思い出さざるを得ない。


「まぁまぁ、そう言うなよ千歳。こうやって今まで忘れていたことをしみじみと思い出すのも、掃除の醍醐味の1つだろ」


「醍醐味じゃなくて粗大ゴミね。まぁ、あなたの思い出に、粗大ゴミ並みの重みなんてないでしょうけれど」


「本当、お前って酷いことを平気で言うよな!」


 僕の思い出がゴミって!

 思いは重いもんなんだぞ!(激寒)


 ……なんだか、冒頭から自分が激寒ダジャレお兄さんにジョブチェンジしている気がするので、この辺りで自重しようと思う。


「……急に静かになったけれど、どうしたの?」


「何でもない。強いて言うなら、少しは大人しくしようと思ってな」


 大人しくというか、大人らしくしようと思った次第である。


「そう」


 千歳は生返事をしただけで、それ以上追及してくることはなかった。千歳なりに、僕の意を汲んでくれたのだろう。こういう辺りは、さすが幼馴染という感じである。


 それから、僕が場所を指示しながら、2人で黙々と作業を続け、30分が経とうとしていた。


「ふぅ……30分やってまだ半分くらいしか終わってない……」


「あの、なんかすまん」


 額の汗を拭う千歳に、こうべを垂れながら謝る僕。もう手を止めることなく、30分ぶっ通しで片付けてもまだ終わりが見えない。どんだけ散らかしたんだ、僕。


「普通、こんなに散らかる前に諦めるものでしょうに……こういうところでも阿保というか何というか……」


「返す言葉もありません」


 今僕にできることは、キンキンに冷えた麦茶を持ってきて、千歳に渡すことだけだった。

 麦茶が入ったコップを受け取った千歳は、それを一気に飲み干した。豪快な飲みっぷりである。


「ぷは……少し、休憩しましょうか」


 そう言うと、千歳はおもむろに僕のベッドの下を覗き出した。


「……何してんだ?」


 休憩するんじゃなかったのか。

 不思議に思って聞いてみると、千歳は何食わぬ顔で答えた。


「何って、もちろんエロ本探しよ」


「何してんだ!」


 そのままベッドの下を手で弄り出す千歳を、僕は慌てて止めた。


「お前、何してくれてんの!? お前にとって休憩ってのは、幼馴染が所有するエロ本を探すことなのか!?」


「持っていることはわかっているのよ。早くその服の中に入れた雑誌を出しなさい」


「いや、僕をコンビニで成人向け雑誌を万引きしようとした男子中学生みたいに言うな! 盗んでないし、そもそも持ってないわ!」


 全く、とんでもないことを平然とやってのけるな、こいつは。別に痺れないし憧れもしないが、幼馴染だからって何をしても許されるわけじゃあないんだぞ!


「男子高校生の自室のベッド下はエロ本の宝庫だって相場は決まっているのよ。さぁて、一樹の好みはどんなものなのかしら、期待で胸が弾むわ。あ、今のは別にエロい意味では」


「わかってるわ、ボケ」


 大分口が悪いツッコミになってしまった。

 いつから僕の幼馴染は、頭がピンク色ボケ女になってしまったのだろう。今度こそ、新たなキャラ付けなのだろうか。


「それにしても、『エロい』だと何処となく変態感が増してしまっていけないわね。ここは、よりマイルドに『エッチい』ぐらいの表現で留めておくべきかしら」


「いや、エロいだろうがエッチいだろうが大して変わらねぇし、お前には変態のレッテルが貼られるよ」


 そう忠告するが、千歳はそんなのどこ吹く風という感じだ。神経が図太いにもほどがある。


「はぁ……あのな、仮にそういう本を持ってたとしても、今時ベッドの下に隠している奴なんていないと思うぞ?」


 ベッド下のエロ本なんて、結構古典的な発想だと個人的には思うのだが。


「あら。なら、一体どういうところに隠すものなのかしら」


「そりゃまぁ、例えば本棚の中に普通の雑誌と一緒に忍ばせておくとか……」


 いわゆる灯台下暗し、というやつである。

 特殊な本だからって特別扱いせず、ちゃんと他の本と同様に並べることで、逆に周囲の目を掻い潜ることができる、と何かで聞いたことがある。決して僕が実践しているわけではない。


「だってのに、早速本棚を漁り始めるな! エロ本見たさにまた僕の部屋を散らかすな!」


 全身全霊、全力全開で、本棚から千歳を引き剥がした。ないもの探しはそろそろ終わりにしよう。


「何よ。せっかくあなたの探しものを手伝おうとしてあげたのに」


「いや、別に僕エロ本を探していたわけじゃないから。何処の誰がエロ本を求めてここまで部屋を散らかすんだよ」


 幼馴染の、しかも女の子に自分の秘蔵コレクションを見つけてもらう男とか、壮絶すぎて目も当てられない。冷たい目なら向けられるに違いないけれど。


「さて、そろそろ休憩も終わりにしましょうか。お昼までにはなんとか終わらせないと」


「全く休んでいなかった気がするけれど、まぁそうだな」


 これ以上深く探られる前に、掃除を再開することにした。なんとなく、僕がそういう類の本を所持していないとわかってから、千歳が不満そうな顔をしていたのは気のせいということにしておこう。深く考えると色々とまずいことになりそうだ。




*****




 ーーーーあれから、時に手を休め、時に千歳にからかわれ、時に中身のないくだらない言い合いをしながら掃除を続け、終わった頃には既に夕方になっていた。


「結局こんな時間までかかってしまったわね。なんだか勉強を教えている時よりも疲れた気がするわ」


「すまん、そしてありがとな千歳。正直僕1人じゃキツかったわ」


 ぶっちゃけた話、最初は片付けなんて楽勝だと思っていたのだが、僕だけでは事あるごとに手が止まり続け、多分この時間になっても終わっていなかっただろう。そういう面では千歳がいてくれて助かった。


「礼には及ばないわ。ハーゲンダッツバニラ味でいいわよ」


「及んでるじゃねぇか」


 仕方ない。今度買ってきてやるか。


「では、私はもう今日は家に帰るとするわ。明日も来るから、ちゃんと勉強はしておきなさい」


「もちろん。やらなかったらどうなるか、わかったもんじゃないからな」


 僕の返事を聞き届け、千歳は息を吐きながら部屋を出て行った。隣の自宅に戻る千歳の姿を部屋の窓から眺めていた僕は、ふとあることに思い至って、1階の和室に向かった。


 和室には結構な奥行きのある押入れがある。そこを開けると、ガムテープで留められた大きな段ボールがあった。


「もしかして……」


 かなりの重さのあるダンボール箱を下ろし、ガムテープを外して中を覗くと、そこには、もう使っていたことすらも覚えていない、昔の僕が遊んでいたと思われるおもちゃなどが入っていた。


 ーーーそして、そのガラクタの中に、一際目を惹く1冊の本があった。取り出して、中身を確かめる。


「ーーーあった」


 ーーーーそれは、まさに僕が探していた、アルバムである。僕がーーーそして、千歳が幼稚園に通っていた時のものだ。


「こんなところにあったのか。そりゃ、いくら部屋を探しても見つからないわけだ」


 自分の滑稽さに苦笑しつつ、パラパラと分厚いアルバムをめくっていく。何故僕がこのアルバムを探していたのか。理由は、僕らが所属していた組のページにあった。


 ーーー『将来の夢』


 そのページには、そんな題名で、組の皆それぞれが、思い思いの将来の夢を一言で載せていた。

 僕が見たかったのは、自分が何て書いたのかーーーではない。

 僕が見たかったのは、僕がこれを求めたのは、同じ組だったとある女の子の夢である。


 ーーー『一樹君のお嫁さんになりたい』


 千歳ーーー彼女の欄に、そう小さな文字で書かれていた。まだ今のような性格にはなっていない、純粋無垢な幼稚園児だった頃の彼女の文字である。


「……ははっ」


 思わず、笑みがこぼれる。覚えているもんだなぁ、こういうことは。


「お前の方が思ってたんじゃねぇか」


 そう呟くと、僕は当人の携帯に電話をかけた。一応報告しておいた方がいいだろう。


『ーーーはい、もしもし』


 電話口から、千歳の声が聞こえてきた。


『どうしたの? 何かわからない問題でもあった?』


「いや、そうじゃなくて……見つかったんだ、探してた物」


『あら、本当?』


 普段はあまり変わらない千歳の口調が、いくらか弾んだものになった。どうやら、『見つかるといい』というのは本心だったようだ。


『興味がないとは言ったけれど、ここまでくると気になってくるわね。一体、何を探していたの?』


「アルバムだよ。幼稚園の時の」


 覚えてるだろ?

 そう言った瞬間、電話の向こうの千歳はいきなり黙り出した。……ん? どうした?


『……一樹、そこから一歩も動かないで。今からそのアルバム、燃やしに行くから』


「ーーーッ!」


 一方的に切られた電話を放り、僕は慌ててアルバムをダンボールに戻し、押入れ深くに押し込んだ。



 このアルバムが次に開けられるのは、もっと先の話になりそうである。

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