6話.一つ目(前)
俺は頑固者だ。
他のやつらはみんな逃げた。しかし俺は逃げるつもりなど毛頭ない。俺は同族一の頑固者だからな。
そもそも何で逃げなきゃならないんだ? ここは、この洞窟は俺の故郷だ。その故郷を、術者共が怖いからって捨てて逃げた同族たちのことは理解できないし、したくもない。
同族のやつらはみんな俺を馬鹿にした。そんなに死にたいんなら一人で死ねって。しかし俺から見れば、故郷を守ろうともせず逃げたやつらこそ馬鹿だ。
もちろん俺は馬鹿ではないから、多勢に無勢ってことくらいは分かっている。術者共が多数で来たら対抗できない。でも勝算がないから戦わずに逃げるなんて、俺には出来ない。
「……だから俺は馬鹿じゃねぇ」
もう独り言が癖になった。それは仕方のないことだ。ずっとこの洞窟で一人で住んでいるから、独り言でも言わないと寂しくてたまらない。
いや、俺は寂しくなんかねぇよ。むしろ一人で満足だ。洞窟の霊気も食べ放題だからな。これだけの量だから千年は大丈夫だ。
そう、大丈夫だ。一人で大丈夫なんだ。つまらない時は洞窟の壁にいろいろ落書きもしているし、体を使いたい時はこん棒の素振りもしているし、頭を使いたい時は新しい術の開発だってしている。だから俺は大丈夫だ。
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そうやって一人で過ごしている内に、時間が経つのも忘れてしまった。もう何年経つんだろう? 3年? 5年? いや、それ以上か?
そもそもずっと一人だから時間を気にする必要がないのだ。忘れてしまうのも無理ではない。自分自身が何歳なのか、今日は何曜日なのか、そんなことはもうどうでもいいのだ。
俺は何の変化もなく、何の交流もない生活に慣れきった。同じ場所で、同じ格好で、ただただ新しい時間潰しを探し続けている。
「そこで主人公が術者たちに襲われて……」
ここ最近は物語を作ることに集中している。悪い術者共と戦う、正義の一つ目の物語だ。これが結構面白くて、同族たちにも聞かせたくなった。もちろんそれはできないけど。
「……ん?」
物語を作っている最中に、ふと気づいた。誰かが洞窟の中に入ってきたのだ。
「な、何だ?!」
野生動物ではない。そもそも野生動物は俺の気配を怖がって洞窟に近づかない。
「まさか術者共が……」
とうとう来るべき時が来た。俺はこん棒を手にして立ち上がった。こん棒の重さがちょっとだけ勇気を与えてくれる。
俺は警戒しながら洞窟の入口へ向かった。緊張のせいで足がちょっと震える。
「何者だ!」
敵の気配が近くまで来た時、俺は俺が作った物語の主人公の真似をして大声を出した。
「何ビビっているんだ、兄弟」
しかしそれは敵ではなかった。それは同族……しかも一番近い家族だった。
「お、お前だったのか……」
久しぶりに見る双子の兄弟、『伸介(しんすけ)』の顔を見て、俺はびっくりしながらも安心した。
「よくも一人で生活できるもんだ」
伸介は顔に冷笑を浮かべて地面に座った。
「ひ、久しぶりだな……」
俺も同じく地面に座って、伸介の姿を観察した。髪の毛が一本もない禿げ頭、顔の真ん中に位置した大きな目、真っ赤な肌、整理された胸毛、立派な毛皮の服にぴかぴかのこん棒……流石一つ目一の伊達男だ。
それに比べて俺は何だ? 髪の毛がたっぷりあって、肌は汚れて、胸毛も整理されていないし、毛皮の服はもうボロボロで、こん棒は安物だ。双子なのに伸介とは天と地の差だ。俺は自分の姿が恥ずかしくなった。
「な、何で今更ここに来たんだ!?」
恥ずかしさを隠すために大声を出すと、伸介が笑った。俺の気持ちなんかお見通しのようだ。
「もちろん兄弟を連れて行くために来たんだ」
「俺を……?」
「そうだ。一人生活はやめて、私と一緒に同族たちのいるところに行こう」
「いやだ!」
俺が即答すると、伸介は眉をひそめる。
「この期に及んでまだ意地を張るのか? 8年も一人生活したからそろそろ飽きたと思ったんだが」
「8年だと!?」
「そうだ。兄弟も私も、もう3百歳なんだよ」
その数字に流石の俺も驚いた。3百歳って、完全におっさんではないか。まさか俺がそんな歳になる日が来るとは。
「私たちももう若くないんだ。だから兄弟も結婚して家庭を作って、落ち着く時だと思うが」
「そ、そんなこと言われても……」
「さあ、私と一緒に富士山に行こう。そこから魔物界に渡るんだ」
「い、いやだ……」
俺はまた即答したが、声に力が入らなかった。
「俺は……ここを守って……」
「こんなところを守ってもしょうがねえよ」
「こ、こんなところだと……」
いきなり体が熱くなった。
「ここは、この洞窟は俺たちの故郷なんだ。俺たちはここで生まれて、ここで暮らして、ここで成長したんだ! 伸介、お前だってここで思い出をいっぱい作ったじゃないか!」
俺の口から、俺自信も驚くほど次々と言葉が出てきた。
「お父さんもお母さんもここに眠っている! お爺さんもお婆さんもだ! ここは俺たちにとって大事な場所なんだ! かけがえのないところなんだ!」
「長介(ちょうすけ)……」
伸介はちょっと驚いた様子で口を黙った。俺もそこで口を黙ったので、洞窟の中には沈黙だけが流れた。
「……仕方ないな」
やがて伸介が寂しい顔で口を開いた。
「気が変わったら来てくれ」
兄弟が故郷を去った。俺は挨拶すら出来なかった。
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その後何日も泣き続けた。俺はやっぱり馬鹿だ。同族たちに見捨てられ、家族を追い出した。本当にどうしようもない馬鹿だ。
やっと涙が止まった時、俺は決心した。一人でも多くの術者を殺してやる、と。
「……そうだ」
そもそも俺がこんなことになってしまったのは、術者共が魔物を全部殺そうとしているからだ。だから逆に俺が術者共を殺してやる。そんな単純かつ簡単な答えに導かれて、俺の心は殺意に満ちた。
もちろん俺一人で術者共を全部殺すのは不可能だが、一人でも多くの術者を道連れにしてやる。そのために俺は中断していた新たな術の開発を再開した。
「これさえ完成すれば……」
この洞窟には昔から莫大な霊気が噴き出てくる。俺たち一つ目族はその霊気を食べて生きてきたのだ。しかし霊気はただの食べ物ではない。使いようによっては凄まじい力にもなる。
今までその力を使いこなした同族はいない。だが俺は数年も一人で研究した結果、霊気を融合させて核を作る方法を見つけた。その核は光る球体で、まるで小さな太陽のようなものだ。残った課題はその核を俺の体に転移させることだけだ。
俺は全てを忘れて、ただただ研究し続けた。物語りを作ることも忘れた。もはやそんな空想なんか俺には必要ない。
時間だけがひたすら流れた。伸介の訪問以来、また何年経ったのかな……? 分からない。分からなくてもいい。俺にはやるべきことがある。
そしてある日のことだった。俺の体が、ごく自然に霊気の核を吸収した。俺は一瞬そのことを理解できずにいたが、数秒後、ついに長年の研究が完成したことを認識した。
「こ、これは……」
それは莫大な霊気、凄まじい力だった。俺はその力を自由自在に扱うようになったのだ。たぶん同族の中では誰もこんな力を手にしたことはない……そう断言できるほど、俺は強くなった。
「……どうするかな」
これほどの力を得たんだから、いっそ洞窟を出て術者共を殺しに行くか? 俺は悩んだ。
「いや……それは止めておこう」
もちろん俺は早く術者共を殺して、早く死んでしまいたい。しかし俺は故郷を守るために戦っているんだ。戦うために故郷から離れては本末転倒だ。
そもそも『早く戦って早く死にたい』という気持ちと『故郷を守りたい』という気持ちは両立できないのだ。だが両方とも本気だから仕方がない。
早く術者共が来てほしかった。早く戦いたかった。この殺意と悲しみを早くぶつけたかった。
「……物語は、結局未完成のままで終わるんだな」
俺が作っていた物語の主人公は、俺とはまったく違う。いつも冷静で、迷いなんか微塵もなく、どんな窮地も笑いながら克服する。俺もそう行きたかった。しかし俺自信の物語は、何も成せないまま終わるだろう。それが現実だ。
でも不幸中の幸いなことに、俺の願いはすぐ叶えられた。何日か後、洞窟に人間……それも術力を持っている術者がやってきたのだ。
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