2章、故郷
4話.呪われた一族
新潟県の山の奥、人通りの少ない空地に和風の屋敷が建っていた。およそ2百年前に建てられたその屋敷は、一時はそこに住んでいる一族の威勢を示す堂々たる姿だった。しかし現在はただの古びた侘しい屋敷に過ぎない。
そして今日、その古びた屋敷に少年と少女が訪ねた。二人は『真田』と書かれている玄関を通って、屋敷の中に入った。
「お父さん! お父さん! お兄ちゃんが来たんだよ!」
少女が明るい声で叫んだ。すると本館の扉が開き、着物姿の男が現れる。
「優」
男が少年の名前を呼んだ。30歳くらいに見えるけど実際は38歳のこの男が真田優の父、真田京志郎(さなだきょうしろう)だ。
「父さん」
優も京志郎を見つめた。そして自分が父に似ていると改めて実感した。父の方がもっと男性的で、背が高いけどそれ以外は何もかもそっくりだ。たぶん京志郎の方も息子を見て、自分に似ていると実感しているだろう。
「二人とも何をぼーっとしてるのよ。久しぶりに会ったのに」
美奈には二人の男の態度が理解できなかった。
「美奈、お前には後で話がある。部屋でじっとしていろ」
京志郎が冷たい声で言うと、美奈は一瞬で空気を読んだ。彼女が家出したことに父は当然にも怒っているのだ。結局美奈はお兄ちゃんを捨てて素早く自分の部屋へ逃げてしまう。
「優、ついて来い」
優は父の後ろを追って本館に入った。
---
本館の一番広い部屋で、父と息子は一緒にお茶を飲み始めた。
「狩りはどうだ? うまくいっているのか?」
京志郎の質問に優は首を横に振る。
「結構辛い」
「じゃ、疲れて戻ったのか?」
「いや、そうではない」
優がまた首を横に振る。
「美奈のやつを家に連れ戻すために来たんだ。一人で行けって言っても聞かないから」
「そうか」
京志郎が頷く。
「せっかく来たんだから、しばらく休んでいけ」
「さあな」
「お前がいない間、美奈はずっと寂しがっていた。それである日家を出て、行ったこともない東京まで兄を探しに行ったってわけだ」
優としても妹のそんな行動はちょっと予想外だった。
「だからたまには戻ってこい。正月とかクリスマスとか」
優は答えなかった。
「狼は寂しい動物だという認識があるが、実は家族愛が強い。お前も一人暮らしより家族と一緒にいた方が安らぐはずだ」
「俺たちは狼じゃなくて人狼だよ。全然違うじゃないか」
「それはそうだな」
京志郎が素直に認めた。その真面目な答えに優は眉をひそめる。
「くだらない説教はそこまでにして、美佐江(みさえ)の叔母さんと爺は?」
「叔父が外出したいと仰って、美佐江がお供した」
「そうか」
「すぐ戻って来るはずだ。今晩は家族みんなで一緒に食事をしよう」
優は茶碗を置いて席を立つ。
「長居するつもりはない。俺はこれで東京に帰る」
「そうか」
「その前に、父さんに一つ聞きたいことがある」
「何だ」
「母さんが亡くなったのは俺のせいだ。父さんはそのことで俺を恨んでいないのか?」
京志郎は質問に答えず、席を立つ。
「俺のせいだ。3年前から今まで一瞬も忘れたことがない。父さんが俺を恨んでも仕方がない」
優の声が震えていた。
「だから俺は父さんに……」
その瞬間、京志郎が優の胸倉を掴んだ。
「生意気なこと言うな……この馬鹿野郎が」
父の低い声に、優は口を閉じる。
「美由子(みゆこ)が死んだのが自分のせいだと? お前はその時たった14歳のガキだった。周りから一族一の天才とか言われて勘違いしたみたいけど、お前はただのガキだったんだ。その状況でお前にできることは何もなかった」
「しかし……」
「力も責任もなかったくせに、まるで全部自分のせいだと思っているのが生意気だと言っているんだ」
「俺が……」
「美由子が死んだのは私の責任だ。真田家の当主として、美由子の夫として、私だけにそれを防ぐ力と責任があった。しかし私は失敗した。それ故に美由子が死んだ。それだけだ」
京志郎が息子の顔を睨みつける。
「まさか家を出て狩りを始めたのもそのためか? 美由子が死んだのが自分のせいだと思って、後先考えずに戦ったのか?」
「それは……」
「早く死にたいのか? ならば私が今ここで殺してやる。どうせそんな心構えでは真田家の当主は務まらない。さあ、言ってみろ。死にたいのか?」
優は答えに迷った。
「……俺にはまだやらなければならないことが残っている。だから……まだ死ねない」
やっと口から出た答えは『はい』でも『いいえ』でもなかった。何故だろう。何故『生きたい』という簡単な答えさえ素直に言えないんだろう。優は自分の情けなさに呆れた。
しばらくの沈黙の後、京志郎が手を離す。
「父さん……」
「美佐江と叔父が戻ってきたようだ。この話はまた後にしよう」
京志郎が部屋を出た。優には父の背中が何故か悲しく感じられた。
---
本館の外に出ると妹と若い女性、そして車椅子に乗っている老人の姿が見えた。
「あら、優!」
若い女性が嬉しい顔をする。
「美佐江叔母さん」
「本当に久しぶり! 元気でしていたの?」
若い女性の名前は真田美佐江。36歳だけどまだ20代半ばくらいに見える美人だ。彼女の優しい笑顔はいつ見ても心が安らぐ。
「ふん……自分勝手に家出したやつが、恥も知らず戻って来るとはな」
車椅子に乗っている老人がそう言った。
「お父さん、そんな酷いこと言わないで!」
美佐江が老人を叱った。優は思わず笑ってしまった。
「爺は相変わらずだな」
「お前は更に生意気になったようだ」
車椅子に乗っている老人の名前は真田清次郎(さなだせいじろう)。彼は美佐江の父であり、白髪でしわだらけだが威勢だけはまだ誰にも負けない頑固な老人だ。
「クソガキが戻ったから、この没落一族も久しぶりに全員集合だな」
清次郎の言葉でその場のみんなが苦笑した。京志郎、優、美奈、美佐江、清次郎……一時は繁栄した術者一族真田家も今はたった5人だけが残った。
「優もいるし、久しぶりにみんなで食事しようね! 丁度いろいろ買ってきたんだから!」
「ひひ、私は料理手伝います!」
「美奈、貴方またつまみ食いするつもりでしょう?」
女性二人は仲良く台所へ向かった。
「じゃ、私の車椅子はガキが押せ」
「分かったよ」
優は清次郎の車椅子を押して本館に入った。
「ガキ、お前、正式に審査を受けて狩りをしてるそうじゃないか」
「そうだけど」
「で、等級はなんだ」
「C+だ」
「C+だと? へん、昔は一族一の天才とか何とか言われたやつが今は平均より下だな」
清次郎が嘲笑った。
「お前は成長するはずがないと思っていたんだ。才能だけ信じて誠実に勉強することを嫌がるやつだからな」
「でも爺には勝てるさ」
「このクソガキが……私が足を怪我してなかったらお前なんかワンパンなんだよ」
「はいはい、そうですか」
清次郎と会話をしていると改めて家に戻ったという実感が湧いた。そしてそれは父の言った通り、意外と悪くない気分だった。
---
優は追われていた。
数多の魔物たちが暗闇の中から目を光らせていた。傷ついた体では到底対抗できない。それで逃げ続けた。
しかしいつの間にか包囲され、逃げ場がなくなった。残ったのは悲惨な死だけだ。
何故俺はこんなに小さくて弱いんだろう? 一族一の天才とか言われて、たった14歳で人狼の力を制御できるようになったのに……何故こんなに弱いんだろう?
少しは強くなったと思っていた。しかし現実は甘くない。優はその場に座り込んでしまった。魔物たちの牙と爪がもう目の前まで来ている。
だがすべてを諦めたその時、どこかで美しい狼が現れた。その狼は圧倒的な数に押されながらも、一歩も引かずに戦った。優はその美しくて激しい光景に魅入られた。
やがて魔物たちは一匹残さず全部倒れた。しかしそれと当時に、狼もまた力尽きて倒れた。優はやっとその狼の正体が分かった。
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優は涙を流しながら起きた。その夢を見たのは久しぶりだ。多分実家に戻ったせいなんだろう。だから嫌だったんだ。
そう言えばまだ母の墓参りをしていない。優は素早く着替えた後、一人でこっそりと屋敷を出た。他の家族はみんな寝ているようだ。
月が雲に隠れて、外はだいぶ暗い。しかしこの周りなら目を閉じても歩ける。優は虫の鳴き声を聞きながら道を辿って、森の中に入った。
森の中は更に暗かったが、暗闇の中で何かが出て来る心配はない。何しろ深夜に人々を襲う人狼はこっちだ。そんなくだらないことを考えながら10分くらい歩いて、小さい丘に辿り着いた。そこが真田家の墓地だ。
「来たのか」
先客がいた。優とそっくりの顔をした人狼……真田京志郎だ。
「父さん」
「久しぶりにお前の顔を見たら、ここに来たくなってな」
どうやら父と息子は顔だけではなく考えもそっくりだったようだ。二人は一緒に『真田美由子』と書かれている墓石を眺めた。
「しかし父さん……母さんはここにいない……」
優が震え声で言った。
「……知っていたのか」
「うん」
「美奈も?」
「あいつは知らない」
「そうか」
京志郎が優の方を振り向いた。
「優、お前の言った『やらなければならないこと』は……美由子にかけられた呪いのことなんだな」
「うん」
優はうなだれて自分の足元を見つめる。
「父さんは……父さんは母さんが亡くなったのが父さんのせいだと言ったけど、どう考えてもあれは俺のせいだ」
「優……」
「俺だって分かっている。どんなに自分を責めても亡くなった人は戻らない。それくらいは分かっている。でも……せめて母さんに安息を与えたい。しかし……方法が分からなくて……」
優の視界がぼやける。
「……ついて来い」
京志郎が歩き始める。優は目を拭いて父の背中を追った。そうやって二人は真田屋敷に戻り、屋敷の前に駐車している車に乗った。
車が真田屋敷から離れて、深夜の車道を走り出す。優は隣で運転している京志郎の姿をちらっと見たが、目的地については敢えて聞かなかった。
「気持ちは少し落ち着いたのか?」
京志郎がハンドルを回しながら聞いた。
「うん、心配する必要はない」
父と一緒に行動するのは本当に久しぶりだ。優は何故か安らぎを感じた。今どこに向かっているのかはしれないけど、できれば車がゆっくり走ってほしかった。
---
約30分後、京志郎と優が乗った車はある山の前で停車した。
「父さん、ここは?」
「ここは狩場だ」
「狩場?」
その山にはスキー場もリゾートも見当たらなく、ただ登山口に小さな丸太小屋があるだけだった。二人は車から降りて、その小屋に入った。
「遅いな、京志郎」
小屋の中で一人で座り、壁付暖炉の火を見ていた男が言った。筋肉のついた大柄な体に髭だらけの顔……まさに屈強な山男だ。年齢は40くらいに見える。
「そっちのガキはまさか……?」
「息子の優だ」
「やはりそうか。女みたいな顔してるのがそっくりだな」
男が笑った。
「私は福井(ふくい)ってもんだ。熊おじさんと呼んでもかまわないよ、子狼」
「人を子犬みたいに呼ぶな」
この福井という男は戦闘術者、それもとんでもない強者に違いない。彼の全身から感じられる威圧感に優は内心警戒した。
「しかし京志郎……いくらお前さんの息子でも、等級がないやつを山に入らせるわけにはいかん」
その言葉に優が一枚のカードを差し出す。
「ほぉ、その歳でもうプロだったのか。たったC+だけど流石京志郎の息子だな」
福井が頷く。
「確かに最低限の資格はある。だが、死にたくなければお父さんの尻についていろよ、子狼」
「余計な心配だ。俺は熊より速い」
「この生意気なやつめ」
気持ちよさそうに笑った後、福井は棚から手鏡を持ち出して優に渡す。
「現在、狩場には3匹くらいいる。あいつらを狩ってその鏡に証拠を残して来い。お前もプロだから分かるな?」
「分かっている」
実は分からないくせに、優は負けたくなくて嘘を付いた。
「じゃ、私は息子と登るよ」
「分かった。まあ、お前さんに気を付けろって言葉は無用だな」
父子は福井と別れて小屋を出た。
「父さん、ここは一体何なんだよ」
「この山は『蒼鬼(そうき)』の巣だ」
「蒼鬼?」
「そうだ。日本の鬼と中国から渡ってきた『青賊魔(せいぞくま)』の交配種で、2百年くらい前に現れた新種だが戦闘力が高くて凶暴だ」
「そんなやつらがいたのか」
「その蒼鬼はこの山の霊気が好きで、よく出没する。それでも昔はここが霊山だと思われて、人々が無暗に近づかなかったから問題なかったんだ。しかし今はすぐそこにまで町ができてな」
少し離れたところから人々の住む町の光が見える。確かにこのままでは危険だ。
「しかも蒼鬼は一般的な術に対して強い耐性を持っている。故に戦闘術者にも厄介な存在だ」
「そこで人狼の出番……ってわけか」
京志郎と優は山道を登った。夜の山は暗くて寒かったが人狼の二人にはあまり問題にならない。
「父さんも狩りをしてるとは思わなかったよ」
「狩りは狼にとって本能みたいなものだ」
「俺たちは狼じゃなくて人狼だよ。全然違うって」
「それもそうだな」
京志郎が真面目な顔で頷く。
「実を言うと、ここ最近は家族を食わせるために狩りをしている」
「そうだろうね。あの偉大な術者一族真田家も、今はすっかり貧乏なんだから」
「でも私の代までは持ちこたえそうだ。真田一族が一文無しになるのは多分お前が当主になってからだ。おめでとう」
「父さん、真面目な顔で皮肉は止めてくれ」
そんなやり取りをしながらおよそ20分歩いた時、京志郎がいきなり足を止めた。
「向こうに一匹いる。こいつはお前一人で狩ってみろ」
「……分かった」
初めて見る魔物を、父が見ているところで狩るのはちょっと負担がある。多分京志郎は息子にわざとそんな負担をかけるつもりだろうけど。
油断はできない。なら最初から全力だ。と判断した優は早速人狼に変身した。その姿を見て京志郎が頷く。人狼で有名な真田一族の歴史の中でも、その歳でそんなに安定かつ素早く変身できる者は多くなかった。
人狼に変身して感覚が高まると、暗闇の向こうにいる蒼鬼の姿が視野に入った。それは全体的に日本の鬼に似ている角のついた魔物だが、青い皮膚に腕が足より長くてゴリラみたいな印象だ。大きい胴体からして力だけは強そうだ。
蒼鬼も人狼の存在に気づき、手を地面に付けながら接近してきた。しかしその動きは遅くて鈍い。遅い相手には先制攻撃で機先を制するのが一番だ。優は素早く体を動かし、蒼鬼の背後に回り込んで爪を振るった。青い皮膚が裂き、黒い血が流れてくる。
蒼鬼は物凄い悲鳴を上げながら太い腕を振るったが、人狼の速さには到底追い付かない。
「遅いんだよ!」
優は執拗に蒼鬼の背後だけを狙った。力だけ強い相手と正面から戦う必要なんてまったくない。背後を狙って確実に攻撃し、致命傷を与えればそれで勝ち確定だ。
「これで!」
致命傷を負った蒼鬼の動きが止まった瞬間、優は蒼鬼の背中に乗って脳天に爪を突き刺した。蒼鬼はそのまま絶命する。
始めて見る魔物を無傷で狩った。これなら父さんも認めざるを得ないだろう、と優は得意気な顔で京志郎を見つめた。だが京志郎は何も言わず手を伸ばして……優の背後を指さす。
「何!?」
いつの間にかもう一匹の蒼鬼が背後まで迫っていた。その新たな蒼鬼の拳が容赦なく優の腹を強打する。全身に激痛が広がって、優は後退った。
「くっ……!」
新たな蒼鬼はさっきのやつよりもっと大きく、もっと速く、もっと怒っている。
「説明してなかったか? 蒼鬼は理性こそないが同族愛は強い」
京志郎に答える暇もなく、優は地面に転がった。それでやっと蒼鬼の攻撃範囲から離れた。
「くっそ!」
一応立ち直ったが、衝撃で足が震える。勝ったと思って油断した結果がこれだ。優は自分の未熟さを悔やんだ。
蒼鬼がまた巨大な拳で殴ってきた。優は力を絞って地面から跳躍し、近づいた蒼鬼の背中に着地した。今の状態では速さを維持できないと思って勝負を急いだのだ。蒼鬼は激しく抵抗したが、優も必死になって爪を刺しまくった。その泥沼のような乱闘の後、やっと蒼鬼が倒れた。
「か、勝った……」
優は人間の姿に戻って溜息を吐く。
「油断したのは駄目だったが、まあまあよくやった」
京志郎が冷静に評価した。しかし優は驚いた。父の後ろから、三匹目の蒼鬼が現れたのだ。
「父さん……!」
三匹目の蒼鬼は京志郎の背中に向かって拳を振るった。助けるにはもう遅い。
「しかしお前は人狼の本当の力を半分も発揮していない」
京志郎が落ち着いた声で言った。
「精霊術……」
「そうだ。人狼の力はもちろんその屈強な体から出るが、それを強化してくれる精霊術がないと半分にすぎん」
京志郎を殴ろうとした蒼鬼は、何か見えない力に捕らえられて動きが止まった。それが天と地、そしてその狭間にある自然の力を借りた精霊術だ。
京志郎が後ろを振り向く。すると蒼鬼が真二つに切り裂かれる。
「そんな……」
速い。とんでもないほど速い。優は自分の目を疑った。京志郎は一瞬白い人狼に変身して蒼鬼を切り裂いた後、瞬く間に人間に戻った。その一連の動作が速すぎて、優の目には京志郎が振り向くと蒼鬼が勝手に死んでしまったように見えた。
「優、体は大丈夫か?」
「う、うん」
「なら鏡でこいつらの死体を映せ」
やっと驚きから覚めた優が手鏡を持ち出して、蒼鬼たちの死体を映した。すると死体が煙となって鏡の中に吸い込まれた。
「私たち人狼は他の術者たちと違って一般的な術は苦手だ。それは仕方ない。私たちは半分魔物みたいなものだから。しかし精霊術を磨けばそんな欠点を補って余りある」
「俺も精霊術を勉強したけど……そんなことまでできるとは思わなかった」
「お前がちゃんと習得した精霊術はたった一つだからな」
二人は山道を降り始める。
「お前が習得した『神霊降臨術(しんれいこうりんじゅつ)』は……初代当主である真田正勝(さなだまさかつ)様の力を借りる、精霊術の中でも最後の手だ」
「うん、一番強いものだけ勉強した。今考えれば愚かだったけど」
優が苦笑する。
「私は……お前が自由に生きてほしかった」
「ん? 何よ、いきなり……」
「自由に勉強して、自由に楽しんで、自由に色んな経験をする……私みたいに義務に縛られることなく、自由に生きてほしかったんだ」
優は理解した。それは初めて耳にする、父の本音だ。だからこそ一族の継承者である息子が一人暮らしをしても止めなかったのだ。
「美由子が死んだ時もそうだった。お前なら時間が経てばいつかは立ち直られると思って、敢えて何も言わなかった。今考えれば父として失格だな」
「その時は父さんが何を言っても俺が聞かなかったと思う。いや、それどころかむしろ逆効果になったはずだ」
京志郎が足を止めて、優を振り向く。
「しかし優、お前の『やらなければならないこと』が美由子に、いや、私たち一族にかけられた呪いのことなら……これからは私の命令に従え」
「命令? じゃ、まさか父さんも……?」
「もちろんだ。美由子が死んだあの日から……私もずっと呪いを解く方法を探していた」
その言葉に優の胸が激しくときめいた。
「それで見つかったのか!?」
「具体的な方法はまだ言えないが、手掛かりなら見つけた」
「手掛かり?」
「ああ、しかし問題は……私一人ではその手掛かりすらどうしようもないってことだ」
京志郎は自分とそっくりの息子を見つめる。
「つまり……優、お前の力が必要だ」
「俺の……」
「だから、真田家の当主としてお前に命令する……強くなれ」
それはいつもの優しい父の言葉ではなく、人狼一族の当主の言葉だった。
「精霊術を一から勉強し直せ。そして私と一緒に一族の呪いを解くのだ。それまでは死ぬことも許さない」
「父さん……」
当主から命令の受けるのはこれが初めてだ。優は自分の体の震えを感じた。
「二人で必ず一族の呪いを解く。これは命令であり約束だ。それが終わったらまたお前の自由に生きてもいい。分かったか?」
「……うん、分かった……!」
狩りをしている時以外はずっと虚しかった心の中で、何かが芽生えた。それが生きる希望だと、優はふと気付いた。
二人の人狼は月明りを浴びながら、再び暗くて寒い山道を進み始めた。
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