第90話:素晴らしきかな、人&神生!③

 と。

 

 ――ぐっばあああああああん……!!

 

 「ひゃっ!」

 ごく近くですさまじい爆発音が轟いた。身をすくめた美羽の目の前で、繭の壁面が一瞬真っ赤に染まったかと思うと、見る見るうちに黒く変わってヒビが入っていく。それを外側から、何かが力づくでぶち破った。

 「――アルーッ!! いたら返事しなさいよ、ちょっとー!!」

 「美羽~~~ッ無事かー!?!」

 「り、リアさん!? 杏珠も!」

 『……あれー? あたしの仕事はー?』

 空いた大穴から駆け込んできた、居残っていたはずの姉上と親友に仰天する。肩の上で内側から繭を壊す気満々だった朔子がつぶやいているが、ちょっとそちらは後回しにして。

 「ああっ、いた! ちょっと、あんた怪我してない!? 四分の一以下になったらとか言ってたけど、入ってって三十分も持たなかったのよ!? 無茶しすぎッ」

 「はは、どうもすみません。いろいろ大変でして」

 「美羽~~~~、無事じゃったか、よかったあああああ」

 『きゅう~~~~っ』

 「はいはい、大丈夫だから泣かないで。ね、八雲も」

 安否確認のさなか、巨大な繭がどんどん解けていく。破った穴の周囲から煙のようになって消えていき、辺りに転がっていた岩のような氷塊も順繰りに溶け――そして見えてきた外の風景は、なかなか度肝を抜かれるものだった。

 「うわあっ! この子、リアさんの!?」

 「そ。私の相棒、火竜のヴァンダリスよ。格好いいでしょ~」

 『――恐れ入ります。マダム』

 得意げに片目をつぶって見せる姉上の方へ、お辞儀のような体勢を取ったのは巨大な竜だ。神社仏閣で見かけるヘビに近い体格のものとは違い、どちらかというと筋骨たくましいトカゲにコウモリの翼を生やしたようなフォルムだ。濃い翠のウロコと、知性の輝きを持つ金色の瞳が大変美しい。ついでに西洋の管楽器のような、よく響く声もとても綺麗だ。

 「さて、と。繭は消えたし、孵りそうだったものも壊しちゃったのかな? じゃああとは、諸悪の根源をシメるだけね」

 「シメるって姉さん……いや、まあそうなんですが。どうやって振袖を取ります?」

 「は? どうって――あらやだ、まだ意識あるんだ」

 『ふ、ふん! こうなったら意地でも脱がないわよ、どうしてもっていうならこの娘の腕を落としてごらん!!』

 地面に張り付けになっているので逃げるわけにもいかず、両肘を抱え込んだ体勢でタンカを切っている女神様がいた。さっきあれだけ脅されたというのに元気なことである。

 しかし、残念ながらこちらの方が若干上手だったらしい。リアは不敵な笑みを浮かべると、固唾をのんで様子を見守っている一同――主に女性陣の方へと、晴れやかすぎる声を投げかけた。

 「杏珠ちゃんに紗矢ちゃんに巴萌ちゃん!」

 「おう、姉上様!」

 「はいっ、何ですかお姉さま!」

 「お呼びでしょうか、マダム」

 「はーい、元気のいいお返事ありがとう。今こそ友情の出番よ!

 この真面目そうなお嬢さんが一撃で覚醒するような、なんかそういうインパクトのある一言をお願い!!」

 「よし来た! 行くぞ二人とも、せーのっ」

 「「「起きろっ、タマコおおおおおおおお!!!」」」

 「――ぬぁんですってえええええええ!?!」

 遠慮も会釈も情けも容赦もなく、女の子三人による本名大合唱が響き渡った。カッと目を見開いた霧生院が、いつも通りの声で叫んで前方めがけて突進する。その拍子に、腕から振袖がすっぽ抜けた。

 「……あらっ? どうしてわたくし外にいるの??」

 「あーうん、あとで説明するからな。ちょっとこっちに来てろ」

 「よおっしビンゴ! 燃せないのは残念だけど、今日はあんたに譲ったげるわ。アル、やっておしまい!!」

 「お任せください、女王陛下ハー・マジェスティ!」

 我に返ってきょろきょろし始めた委員長を、やっぱり待機していてくれた鴻田が回収する。景気の良すぎる姉上のハッパを受け、アルベルトの羽根ペンから綴られた文字が振袖を包み込んだ。

 『あ゛あぁぁぁぁぁ、こんなことでしくじるなんてぇぇぇぇぇ……!!』

 何とも情けない断末魔とともに、冬を司る女神はどうにか封印されることと相成ったのである。

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