第87話:天の光はすべて君⑥
澄んだ水を覗き込み、抱え込んだものを吐き出すようにしゃべる男の子だ。きっとここに来るまで、誰にも言えずにがまんしていたんだろう。たまたま出会ってそれを聞いたからには、なんとか力になってあげたい。袖振り合うも他生の縁というじゃないか。
「そんなことないよ。絶対に」
明るくはっきりと言い切って、相手の目を覗き込む。びっくりした顔で見返してくるのに笑いかけて、ついでに頭をよしよしとなでてあげた。柔らかい髪が気持ちいい。
「うちにも君くらいの弟がいるんだ。聞いてみたことはないけど、私もそうだからいろいろと視えてるかもしれないね。
でもね、もしそうじゃなくても家族だから。きっと大人になっても結婚しても、元気にしてるかどうかはいつも気になるよ。お姉さんもきっとそう」
「……、ほんと?」
「うん。それにね、妖精の仲間にも怖くないのはいっぱいいるよ。うちの妖怪はたいていそうだし」
「よーかい?」
「そう。私は桜華って国に住んでるんだけど、そこにいる妖精みたいなもの、かな? 木霊って木の精霊がいてね、このくらいでもふもふしててとっても可愛いの。
この木は桜っていうんだけど、いっぱい棲んでてね。お花にそっくりな色をしてるよ」
「へええ……」
話を続けるごとに、男の子の瞳が輝いてきた。だいぶ元気になったと見て、ほっとした美羽はその隣に並んでしゃがみ込む。
「なぁんてね。偉そうに言ったけど、私も人から教えてもらったんだよ」
「どんな人?」
「うーん、年上で優しくて、お料理上手で物知りで。ああでも、お酒が全然飲めなくて、ときどき大失敗もして……」
「……なんか、かっこいいのか悪いのかよくわかんない」
「ふふふ、そうかも。でもね、その人も小さい頃は自信がなかったんだって。ひとに励ましてもらって、それが嬉しくて頑張れたんだって。
得意なことってひとによって違うでしょう? だからね、君も自信もっていいよ。君に助けられる人が、きっとたくさんいるから」
「うんっ」
もう一度頭をなでてやると、憂いの陰がすっかり消えた顔で笑う。その表情に、何だか既視感があった。
(……あれ? 誰かに似てるような……)
『――おーいっ、おねーさーん!』
心の中で首を傾げたとき、どこからともなく小さい神様の声がした。男の子といっしょにきょろきょろしていると、
『出来たよー! 今すぐおにーさんとこ行けるよっ』
姿が見えないままの呼びかけに、ざあっと強い風が巻き起こる。舞い散る桜の花びらと一緒に、風に取り巻かれた美羽の身体がふわっと地面から離れた。そのまま、まっすぐ空の月に向かって浮かび上がっていく。
「――おねえさん!!」
風鳴りと花びらの間から呼びかけられる。もうだいぶ遠くなった沢のそばで、両手を口元に当てて叫んでいる男の子がいた。夢の中だからだろうが、ことばがちゃんと通じて、元気になってくれてよかった。
「またあえる!? おなまえ、教えてください!」
「うん、逢えるよ! ぜったい逢おう、私はね――」
答えた声が聞こえたかどうか、確かめる前に視界が桜吹雪で覆いつくされる。温かい薄紅色に包まれて、美羽は行くべき場所へと導かれていった。
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