第86話:天の光はすべて君⑤

 黄昏の薄闇に、星明りがにじむ。風はないけれど空気は軽やかで、いくらでも歩いて行けそうだ。朔子の先導で足を踏み入れた夢路は、美しくも不思議なところだった。

 『ここはね、いろんなとこに繋がっとるそ。時間の流れとかもごちゃごちゃだから、神様とか妖精とか通るし、逢えないはずの人に逢ったりとかするし。

 こーいう不思議なことが起こったりするし』

 「え? ……わ、光ってる」

 指さす先に視線をやると、自分の懐がぼんやりと光を放っている。おそるおそる手を入れてみると、ここにはないはずのものがあった。

 「これ、先生の栞……」

 初めて会った時にもらった、金のリボンが付いたものだ。自分の部屋に置いてきたはずのそれは、内側から放つ優しい明りで薄闇を照らしていた。朔子が楽しそうに笑って言う。

 『ね? おねーさんが大切にしてるから、ここでも護ってくれるんよ。あと一息じゃね、あたし道繋げてくるからちょっと待っちょって!』

 言うが早いか、美羽の肩から離れて飛び立っていく。その姿を見送っていると、ふいに水の音が聞こえた。振り返ると、

 「わあ、桜が」

 見渡す限り一面に、満開の桜並木が現れていた。その根方からは澄んだ水がこんこんと湧き出して、沢というには少々大きな流れを作り出している。天頂にかかった満月の光に、絶え間なく降り注ぐ花びらがほの白く輝いて、何とも言えず美しい。

 現世なら夢のような、と表現するに違いないそのさなかに、ぽつんと誰かがいた。沢の流れを見下ろしているのは、美羽の弟くらい――まだ十歳にもなっていないだろう、小さな男の子だ。外国の子らしく、ふわふわの金髪に大きな青い瞳が可愛らしいが、どこか寂しそうにも見受けられる。

 だからだろう。そんな場合ではないはずなのに、思わず声をかけていた。

 「……ねえ、どうしたの?」

 弾かれたように振り返ったその子と目が合う。安心させるようににっこり笑いかけると、色の白い頬をぽわっと紅くしながら答えてくれた。

 「き、気が付いたらここにいたの。おうちで寝たはずなのに」

 「そっか。あのね、ここ夢路っていうんだって。寝てる人ならだれでも来れて、神様とか妖精とかも行き来するらしいよ」

 「そ、そうなんだ……」

 不安そうなのは状況がわからないからだろうと説明を試みたのだが、どうもそうではないらしい。特に妖精、と聞いたとき、青い瞳が明らかに怯えたような気がする。これ以上怖がらせないよう、そうっと訊ねてみた。

 「……もしかして、嫌い? 妖精」

 「……うん、ちょっとだけ。ぼくだけ視えて聞こえるから、危ない目にもたくさんあったし、周りからも気味悪がられるし。

 姉さまだけがわかってくれたけど、いますごく忙しくて……もうすぐ結婚しちゃうし、ぼくのことなんか忘れちゃうかも……」

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