第85話:天の光はすべて君④
『この子だって同じよ。文明の開化とか近代化とかを謳いながら、女にはこうやって決まった学問しか与えず、限られた道しか示さない。それでいて、期待したことには応えろという。誰だって疲れてしまうわ。
ねえ、かわいそうでしょう? この子はこんなにあなたのことが好きなのに――』
ぱちん!!
「――そうやって言葉巧みに取り入って、妖精の皆さんから
しな垂れかかろうとした女神の鼻先で、鋭く指が鳴った。その瞬間、死角からアルベルトに忍び寄っていた糸の群れが弾かれ、吹き散らされる。
「失礼ですが女神様。貴方がおられた祠、礼拝というよりは封印のためのものであったと伺っていますよ? 冬はただひとりの女神によってもたらされるわけではなく、カリアッハ・ヴェーラの名がつく精霊は複数いた、とも。
なぜご自分だけがそういう扱いを受けたか、猛省かつ軌道修正するための時間は十分にあったはずですが」
冷静を通り越し、絶対零度に冷えていく声音に、霧生院の姿の相手が舌打ちで応えた。その様子に、自分の組み立てた仮説が正しかったのを確信する。古い論文ではあったが、資料として目を通しておいてよかった。
「今の教育に関して、正直思うところはあります。ですが、生徒たちは上の思惑などどうでも良いようですよ。限られた中でも懸命に、自分のしたいことを目指して進もうとしている。その意思こそが尊いと、日々思い知らされます。
あと申し訳ないのですが、私の隣はすでに一生分の予約で埋まっていますので。……いてくれるかどうか、確認はまだですけどね」
言いながら照れくさすぎて、思わず苦笑してしまった。今まで姉と鴻田にしか話したことのない、大恩人にして初恋の相手が脳裏をよぎる。……いま、どこでどうしているだろうか。朔子がいれば大抵のことは大丈夫だろうが、そうではなくて。
(……逢いたいな。逢って、笑った顔が見たい)
あんな悲しい顔をさせてしまったから、早く全部終わらせて安心させてあげたい。大義名分よりも先にその思いが出てくるあたり、本当に重症としか言いようがないなと思うが。
渾身の揺さぶりにびくともしなかった相手に、女神が盛大に顔をゆがめた。再び天井近くまで舞い上がると、そのまま大きく後ろに飛んで、巨大な氷塊の上に着地する。それは幾条もの糸に繋がれており、内側に灯った紅い光が明滅を繰り返していた。まるで何かの胎動のようだ。
『ふん、ちょっとはしおらしい顔をすればいいものを……良いわ、それならもう容赦しない。水魔たち共々、この子が羽化する糧となりなさい!!』
叫んだその刹那。白く凍てつく地面から、氷の錐が幾条も飛び出し、アルベルト達に襲いかかった。
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