第34話:シャル・ウィ・ダンス?③

 予想外の反応にひたすら目を瞬いていると、どうにか持ち直した様子のアルベルトがひとつ咳払いをする。まだけっこう赤い顔で、微妙に視線はそらしたまま、

 「小さい頃、ある人に言われたことがありましてね。『あなたはきっと人の役に立てる、自信をもっていい。得意なことはそれぞれ違うのだから』と。

 ……とても嬉しかったんです。人間以外のものが視えて、声が聞こえて、触ることまでできて。他人とは違う体質に悩んでいたときでしたから」

 またしても意外なことを聞かされた。授業でもそうだが、ことに羽根ペンを呼んで魔法を使うときのアルベルトは実に堂々としているのだ。てっきり最初から体質を受け入れ、自信をもって修業に励んできたのかと思っていた。

 「先生でも、悩んだりしたんですね……」

 「もちろんですとも。人は誰でも、大なり小なり悩みがあるでしょう――だから今の美羽さんのように、誰かが喜んでくれるのが私も嬉しい。助けになれたということですからね。

 なので、困ったときはお互い様、ということで」

 「……はい。わかりました」

 いつもとは違う、素朴なことばと照れくさそうな笑顔に、ほわりと胸が温かくなった。この人がそんなふうに言ってくれるのなら、助けてくれるのなら、頑張れるかもしれない。ほんの少しだけ、二人きりにしてくれた友人たちに感謝したい気持ちになった。

 練習しましょうか、と自然に差し出された手に、そっと自分の利き手を重ねて――

 「まあ先生! アルベルト先生じゃございませんこと!?」

 あらぬ方からかかった甲高い声に、思わずビクッとして引っ込めた。振り返るより先に、ちょうど反対側を向いていたアルベルトが率先して挨拶する。

 「おや、霧生院さん。奇遇ですね、華やかな着物がよくお似合いだ」

 「あらっそんな、お恥ずかしい……母が仕立ててくれたのですけど、わたくしには派手すぎるのではと心配しておりましたの。そう言っていただけてほっといたしました」

 さらっと誉めてきた相手に、恥じらいつつも如才のない挨拶を返しているのは我らが委員長だ。本日は金糸銀糸の刺繍も眩しい、目に鮮やかな青藍の振り袖姿である。……確かにちょっぴり派手かもしれない。

 そんな失礼な内心を読み取った訳でもなかろうが、ここに来てやっと美羽に向けられた霧生院の視線は恐ろしく尖っていた。目つきそのものの、錐みたいに鋭い言葉が投げつけられる。

 「あら立花さん、ごきげんよう。ダンスの練習に来られたのかしら? 大変でしたものねえ、前回の授業は」

 「う、は、はい」

 「張り切っているところ申し訳ないのだけれど、まずは見学からになさった方が無難ですわよ。パートナーにもご迷惑がかかってしまいますもの」

 「……霧生院さん。私はそんなことは気にしませんよ」

 「もちろん存じておりますわ! けれど仮にも公共の場なのですから、我が寶利学園の学生たるに相応しい立ち居振舞いをしていただかないと困ります。いえ、わたくしではなく学園の先生方と保護者の皆様にご迷惑がかかると――」

 とめどなく出てくるきつい台詞のせいか、それともただの貧血なのか。立ちっぱなしで聞いていた美羽は、手先の方からだんだん冷えてくるのがわかった。胸が痛い。目眩がする。

 気がつくと、こう口走っていた。

 「あの、よかったら先生と踊ってきてください。霧生院さんなら上手だから、ご迷惑にならないと思うし」

 「えっ? あらそんな、わたくしは何の不満もありませんけれど……」

 「……美羽さん」

 「大丈夫です。まずは見て勉強してますね」

 気遣う眼差しのアルベルトに、出来るだけ明るく伝えて壁際による。そこから動かない意思がちゃんと伝わったと見えて、彼は小さく頷くと委員長に片手を差し出す。背を向けているのと周りのざわめきで聞き取れなかったが、彼女がそれはもう嬉しそうな顔でその手を取ってフロアの方へ歩き出したので、話はまとまったんだろう。

 (……やっぱり、来ない方が良かったのかな……)

 先程の温かな気持ちなど、とうにどこかへ消し飛んでいる。待っていると言ったのは自分なのに、二人が踊るのを見たくなくて、美羽は目を伏せた。

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