第33話:シャル・ウィ・ダンス?②
室内はすでに、華やかな喧噪で満ちていた。
天井からはモダンなシェードの付いた電燈がいくつも下がり、木製のフロアを明るく照らし出している。そんな中をペアになった人々が音楽にあわせて優雅に旋回し、洋装の裾と着物の袖がふわりと翻った。鮮やかな色の洪水と速い動きに、早速軽いめまいがしてくる。
「な? なかなかレベルが高いじゃろ。ここのホールはわりと高級指向でな、時おり財政界の要人とか、軍の将校なんかも顔を出すらしい」
「そんなすごいところ、ほとんど踊れないひとが来てよかったの!?」
「だーいじょうぶじゃって」
「――あら? 杏珠さんに美羽さん?」
「わ、美羽さん可愛い! 良く似合ってるよー」
早くも足がすくみそうな背中を友人が押してくれていると、これまたよく知った声が飛んできた。みれば可愛らしい洋装をまとい、連れだってやって来るクラスメイトたちの姿が。
「
「何じゃお主ら、実家に帰るとか言うておったのに」
「ええ、戻ったところで連れ出されたの。そろそろこういう場にも慣れておかないとって」
「うちも同じ。みんなに出くわすとは思わなかったけど……杏珠さんたちもそういう練習?」
「まあそれも込みじゃが、基本は美羽の特訓だの。ほれ、同伴者もばっちり」
「あら、まあ!」
杏珠が肩越しに後続を指し示すと、二人はぱあっと瞳を輝かせる。ああ、先生たちと踊りたいんだろうなーとのん気に捉えていた美羽だった、のだが。
「まあ素敵! 鴻田先生、ぜひご一緒させてくださいな」
「あっ、巴萌ずるい! わたしも踊りたいのに~」
「お、いきなりモテモテじゃの。そーいうことなら美羽はアル先生に見てもらって、わらわたちは交代で踊って来ようぞ」
「「はあ~い♪」」
「ええええっ!?」
「ではな先生! うちの親友をよろしく頼む!!」
「はい、お任せください」
「……お前らな、ひとをダシにして遊ぶんじゃない」
「まあまあ、そんなこと仰らず」
現実はとことん厳しかった。一瞬で話をまとめてしまった友人一同、さくさく鴻田を引っ立てて行きながらこちらを振り返ると、揃ってびしっ! と親指を立てて合図してくる。口パクの『グッドラック!』付きで。
(あああ、最初の誤解が解けるどころかどんどん深まってる……っ!?)
「……気を遣っていただいてしまいましたね」
「うわっはいぃっ!」
恥ずかしさで内心七転八倒している横から、いたって普通の調子でアルベルトが話しかけてくる。何だか自分だけ焦って馬鹿みたいだ。
……仕方ない、せっかく二人だけなんだから、今まで言いそびれていたことも伝えておこうか。一周回って逆に冷静になった美羽は、思い切り深呼吸をしてから口火を切った。
「――ありがとう、ございました」
「はい?」
「あの、最初に助けてもらったのとか。毎週お茶会していただいてることとか、この前マナちゃんに良くしてくださったこととか……ちゃんとお礼を言っていなかったので。
ええと、I'm so happy that I met you.」
国元で課された任務とはいえ、有り難かったのは事実だ。それは律儀に開催してくれているお茶会でも同じで、毎回自分たちの要望どおりイングローズのいろんな話を聞かせてもらっている。マナに関しては言わずもがなだ。あのときのアルベルトの機転なくして、今の彼女の笑顔はないのだから。
まだまだ発音の怪しいイングローズ語で『お会い出来て良かったです』と告げて頭を下げると、しばらく沈黙が続いた。あれ、伝わらなかったか?
恐る恐る顔をあげてみる。すると、語学教諭はこちらに横顔を向けて、片手で口元を抑えていた。帽子を取っているので、金色の髪に縁どられた頬と耳がよく見える。電燈の明りの下、白皙の肌ははっきり分かるほどに赤く染まっていた。
「ええと、先生??」
「いえ、あの、まさかそんなふうに言っていただけると思っていなくて。ああいえ、決して嫌だということではなく!」
「は、はい」
……もしかしてあれ、照れているのだろうか。いや、だって、普段から素面で人のこと褒め殺してくるのに。初対面で指先とはいえキスしたひとなのに!?
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