第32話:シャル・ウィ・ダンス?①

 時は流れて、数日後。

 「いいお天気でよかったねー」

 「じゃな。桜に降る雨も悪くはないがのぅ」

 日傘をさしててくてく歩きつつ、そんな会話をしている美羽たちがいた。

 くだんのホールは中心街、帝都のなかでも特に人通りの多い一角にある。道を行き交う人たちがどことなくあか抜けた装いをしているのを見るにつけ、マナが気を利かせてくれて本当に良かったと胸を撫で下ろす美羽である。

 「それにしても鴻田先生、遅いのう。今くらいに待ち合わせなんじゃろう? アル先生」

 「ええ。午後二時に常磐津公園の正門で待つように、とのことでした」

 不満そうな杏珠の問いかけに、相変わらず穏やかな調子で返すアルベルトはトップハットに三つ揃いのスーツという服装だ。正直とても様になっていて格好いいのだが、背が高いのと容姿も相まってかなり目立つ。先程から妙齢のお姉さん方の視線を集めまくりの同伴者に、何だかハラハラしどおしで落ち着かない気分だ。

 ちなみに美羽の着物だが、待ち合わせ場所で合流した瞬間『とてもよく似合っていますよ。やはり桜は桜華の女性にこそ相応しいですね』なんて褒め殺されたのは言うまでもない。相変わらず心臓に悪い人だ、うん。

 『わん!』

 「わっ、――あら、仔犬だ」

 突然足元でした甲高い声に視線を向けると、短いしっぽをブンブン振っている犬がいた。黒に近い灰色で、綿毛のようにふわふわだ。

 「なつっこいなぁ。よしよし、どこから来たのー」

 「あんよが太いのう。お前はきっと大きくなるぞ~」

 『くーん♪』

 「――こらこら、あんまり構うな。情が移るぞ」

 杏珠と一緒になでくり回していたら、覚えのある声がした。振り返ると、そこにはやはり待っていた相手が佇んでいた、のだが。

 「……シゲ、その大荷物はどうしたんですか」

 「うむ。夜逃げでもするみたいじゃのぅ」

 「言うなっ! せっかくだから持ってけって押し付けられたんだよ、うちの親父に!!」

 苦虫を百匹ほどまとめて噛み潰してじっくり味わったような顔で、やたらと大きな包みを背負っている鴻田がうなった。風呂敷はシブい緑に白抜きで唐草が描いてあり、その模様が余計に夜逃げ感を倍増させている。たしか今日は実家で蔵の整理をする、という話だったのだが……

 「ええと、先生のお好きそうなものだから取っておいた、とか。私の両親もよくしてくれますし」

 「……立花、がんばって好意的に解釈してくれてありがとう。

 うちの親父ってのが絵描きでな、物珍しいものを見かけると資料にする、ってやたら買いこんで来るんだ。それが積もり積もって蔵ひとつ占領しちまってるから、一家総出で断捨離決行したんだが」

 それでも捨てきれなかったものが数点あり、そこでご尊父が下した決断が『皆で分割して保管すればいいじゃないか』だったのだとか。美羽の肩に片手を置いて、特大のため息をついた担任はがっくりうなだれて続けた。

 「取っとくのはいいさ、寮の部屋なんてたいして置くものもねえし……けど、山岳信仰のお札だの折り畳み式の槍だの大陸原産の玉飾りだの、あと符で封がしてある桐箱だの、ついでに出所も正体も不明の干物だの、いつ何に使うんだ……」

 「まあまあ、これも親孝行だと思って。手荷物は確か、受付で預かってもらえるんでしょう? 杏珠さん」

 「そうじゃそうじゃ、安心せい。チップを多めに渡せば、誰が何を持ち込んでも文句は言わんじゃろ!」

 「……紅小路はそういう知識をどこで仕入れてくるんだ、おい」

 「主に母上、次は伯母上かの? 自立した現代女性はそーいう裏技に詳しいのじゃ」

 「まずは正攻法から覚えてくれ、ったく」

 やはり無駄に堂々と言い切る杏珠にツッコミを入れた鴻田を交えて、一同は移動を開始した。名残惜しいが、抱っこしていた仔犬を下に降ろして言い聞かせる。

 「ごめんね、中には連れていけないんだ。馬車とか走ってて危ないから、公園で大人しくしてるんだよ」

 「縁があったら帰りに会おうぞ~」

 『わふっ!』

 めいっぱいもふもふしてもらい、嬉しそうに鳴いた仔犬が安全な方へとことこ走っていく。お利口さんだなぁと、偶然の出会いに和む美羽であった。

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