第30話:(舞踏という)存在の耐えられない重さ③

 と。

 『……あのう、失礼します。美羽様、杏珠様』

 和室の入り口から、鈴を転がすような声がした。見ればそこに、水色のドレスが良く似合う可愛い妖精さんが。

 「あれ、マナちゃん?」

 「お久しぶりですね。寮での生活には慣れましたか?」

 『はい、リッジウェル様。お気遣いいただきありがとうございます。

 鴻田様もお元気そうで何よりにございます』

 「おう、ありがとな。こっちも安心した」

 はにかんでぺこ、と洋式の礼を送る、ブラウニー改め絹乙女シルキーのマナだ。現在はすっかり懐いた美羽の専属として寮に住み込み、身の回りのお世話を一手に担ってくれている、頼もしすぎるメイドさんである。

 ちなみに彼女を連れ帰った際、杏珠の世話役である伊織の反応は『あらまあ、可愛い妹が出来たみたいですね。うれしいこと』だった。実は視える人だったという事実と、明らかに人外の存在であるマナをあっさり受け入れてしまい、今や同僚として普通に仲良くしている彼女の豪胆さには脱帽である。

 それはさておいて。

 『こちらをお目にかけたくて……』

 「え、お着物? ――わあっ」

 遠慮がちに差し出されたものを広げて、思わず歓声を上げた。

 鮮やかな京紫の地に、薄紅の桜がちりばめられた艶やかな一品だ。しっかりした平織りの生地は、普段着ている銘仙と同じものだろう。しかし、こんなに華やかな柄物は持ってきた記憶がない。

 『実は、伊織さんにお願いして反物を用意してもらいました。先程ようやく完成したので、ご覧に入れたくて……

 あ、あの、お金は繕い物をして自分で。ご迷惑になることはしておりませ――きゃっ』

 「わああありがとう! マナちゃん大好きーっっ」

 「うむ、善哉善哉! わらわもやるぞー!!」

 『ひゃああああ』

 感極まった美羽とそれに乗っかった杏珠に飛びつかれ、マナが間の抜けた悲鳴をあげる。そんな中、

 「やれやれ、週末も子守りか。まあ良い勉強にはなるが」

 「女性だけでそういう場に行くと、いい顔をされませんからね。付き添いは必要でしょう。……そういえばシゲ、ご実家に顔を出すと言ってませんでした? 大丈夫ですか」

 「蔵の片づけを手伝わされるだけだ、午前中で戻ってこれる。付き添い云々もそうだが、ちょっと気になることがあってな」

 「と、いいますと」

 「最近中心街の方で野犬が出るらしい。夜中に出歩いてた連中が、追いかけられてケガしたんだと。

 明るいうちに行って帰れば平気とは思うが……ま、用心するに越したこたないだろ」

 「ふふ、やっぱりお母さんですねぇ」

 「やかましいわ」

 ほほえましい光景を眺めつつ、男性陣はこんな会話をしていた。

 ――当たってほしくない予想ほど現実になる、ということを、二人は後日思い知ることになるのだが。

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