第29話:(舞踏という)存在の耐えられない重さ②
彼に言わせれば『花嫁学校』だという寶利学園には、社交界に出ていくための礼儀作法を学ぶ授業がある。食事の仕方だとか手紙の書き方だとか、その内容は多岐に渡るが、中でも特殊なのが社交ダンスと呼ばれる洋式舞踏だ。男女が一組になって踊るこれ、西洋では出来て当たり前という基本中の基本らしいのだが。
「わ、私、初日がぼろぼろで……もう先生にも杏珠にも申し訳なくて」
「イングローズでも異性と間近に接するのが苦手で、ダンスをしたがらないお嬢さんは多いですよ。習い始めはみんな通る道ですから、心配しなくて大丈夫です」
「いえ、あの、そうなんですけどそうじゃなくて」
「え?」
「……確かに慣れればある程度はいける。が、あの授業を受け持ってる
「夏でも冬でも全身真っ黒の洋装での。みんなして『舞踏室の魔女』とか呼んでおる」
年齢不詳にして豪奢な巻き毛が印象的な美女で、桜華国の社交ダンス第一人者としてその道ではつとに有名なのだが。たいていの令嬢が自宅である程度習ってくる中、美羽ほどイチから学ばねばならないというケースが近年ほぼなかったらしい。
さぞや怒られたろう――と、思いきや。
『良いですか、貴女には才能があります。あざといほどの純真可憐さという、稀有な才能が……わたくしのレッスンを受けるからには、必ずや大輪の花を咲かせることでしょう!
さあ立花さん、
……とまあ、何がツボだったのかえらく燃え上がってしまい、みんなの前ですさまじいノリでもって宣言されたのだった。
「次から毎回、あの勢いで指導されるのかと思うと……来週の授業が怖い……!」
「じゃろうな、うむ。そんな美羽にわらわから良い提案じゃ」
「ホント!?」
「もちのロンじゃ! 次の週末はダンスホールへ行こうぞ!」
「だんす……?」
補助椅子から立ち上がり、どーんと胸を張って言い放つ杏珠。まだ帝都の流行りものに疎い美羽とアルベルトがきょとんとしていると、横から鴻田が補足してくれた。
「まあ読んで字のごとく、だな。社交ダンスは桜華に入ってきてすぐの頃は上流階級だけのもんだったが、今じゃ一般市民にも愛好家が増えてる。そこに目をつけて、有料で快適に踊れる場所を提供してるってワケだ」
「なるほど。面白い文化ですねぇ」
「じゃろ? わらわが知っておるところは昼間も開いておるし、会員制だから妙な輩もそうそう出入りせん。自分でも練習できるし、うまい人のダンスを見て勉強するのも良かろう」
それは楽しそうだ。元々身体を動かすことが好きなので、出来ればうまくなってみたいと思っている美羽だ。杏珠が一緒なら勝手がわからなくて困ることもなさそうだし。
しかし、ここでひとつ気になることが。
「ぜひ行ってみたいけど……そういうところって、洋服じゃないといけないんじゃ」
「そんなことはないぞ? 上流の社交場たる鳳鳴館だってイブニングドレスか紋付きで、ということになっておるからの。ちょっと華やかな着物に袴でよかろう、足さばきがしやすい方が良い」
「で、でも、あんまりそういうお着物持ってなくて……」
真面目に勉強に励むつもりで荷造りしたから、実はおしゃれ着というものをほとんど持ってこなかった美羽である。これは急ぎで実家から送ってもらうしか……
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