第三章:

第27話:断章 明暗

 桜の盛りが、ほんの少しばかり過ぎるころ。

 黄昏もとうに去った夜半、にぎやかに話しながら帰途に就く若者の一団があった。話題の中心は、先程までいた流行りの場所のことだ。

 「いやー、なかなか良かったな! あのダンスホール」

 「場末のとこと違って酒もうまいしなぁ」

 「これでご一緒するお嬢さんがいれば言うことないんだが……」

 「それは言わない約束だ。なんだか悲しくなる」

 酒が入っていることもあって、次々に話題が咲いては消えていく。街中に作られた公園の、バランスよく木々が配された遊歩道に入った時だ。


 がさり。


 ふいに、横手から枝葉の擦れる音がした。真っ先に気付いたひとりがそちらに近寄る。

 「おっ、野良犬か? よーしよし、出ておいで~」

 「やめとけよ、酒臭い野郎は噛み付かれるぞ」

 「大丈夫だって! おれ動物には好かれるタチだから――」

 陽気に言い返した背後で、低いうなり声がした。しまった、やかましくて気に障ったかと振り返り、そのまま動きが止まる。

 ――瓦斯灯ガスとうに照らされ、濃淡の影を作り出す人工の木立。その奥、ひときわ濃い闇がわだかまった場所に、何かがいた。

 犬、ではない。おそらく。西洋では大型犬を飼うのが流行で、桜華でも好事家が輸入しているらしい。が、たとえ後ろ足で立ち上がったとしても、あんな高い位置に頭は来ないだろう。それも、鬼灯のように真っ赤な目なんて。


 ぐるるるるる!!


 「「「うわああああ!!」」」

 明らかな威嚇の声に、地を蹴る鈍い足音が重なる。闇の奥から飛び出してくるそれの正体など、確かめる勇気があるわけもない。

 良い気分と酔いが一気に吹き飛んだ一同は、ほうほうの体で逃げ出した。


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