第25話:灰かぶり/Cinderella①

 寮内には空き部屋がいくつかある。急な転入に対応するためとか、日当たりの関係で空けざるを得ないとか、理由はいろいろだ。

 レプリカーンが案内してくれたのは、そんなうちのひとつだった。一回ドアをすり抜けて入り、内側からカギを外して中に入れてくれる。礼を言ってそっと踏み込むと、

 「……あ、さっきの」

 『ほーっ』

 ほぼ何もない部屋の奥で、白っぽい影がうずくまっていた。そっと近寄っていくと、びくっと身をすくめて後ずさる。困惑顔で杏珠がつぶやいた。

 「女の子……か?」

 「……たぶん」

 いまいち自信がない言い方なのは、相手が頭からすっぽりと白い布をかぶっていたからだ。おそらくシーツだろうその下から、地味な茶色のワンピースらしきものと細い手足が覗いている。どこを見ても埃だらけのぼろぼろで、灰かぶりシンデレラはかくもあろうかという可哀想な風体だった。

 「――ああ、ブラウニーもいましたか。道理でものが動き回るはずだ」

 「見てわかるものなんですか」

 「ええ、彼らに関しては。

 古い屋敷などに住んでいる妖精で、こっそり家事を手伝ってくれるんですが。いつも茶褐色の布切れだけを纏っているので、姿を見られるのを恥じて滅多に人前には現れないんです。それで単に『茶色い子ブラウニー』と」

 「じゃあいじめられたとかじゃなくて、この状態がふつうなんですか!?」

 あんまりな基本設定に思わず声が大きくなる。そんな気の毒な、仮にも女の子(多分)だというのに!

 勢いよくその場に屈んで、相手を覗き込む。またびくっとしてのけ反った顔は大半が隠れているが、辛うじて見える口元は色白で可憐な印象だ。

 「ねえ、お着物をつくろってくれたのってあなた?」

 こくん、とうなずきが返る。

 「じゃあ汚れたものを洗ってくれたり、なくしたものを探しておいてくれたのも?」

 こくこく。

 「そっか。あのね、みんなとっても助かったけど、誰がしてくれたのかわからなくて困ってたんだって。

 だから私が代表でいうね。ありがとう」

 『っ!』

 感謝を伝えた瞬間、相手がぱっと顔を上げた。その拍子に布がずれて、丸くなった瞳からぶわっと涙がこぼれる。

 「えええっ、何で!?」

 「な、なにか気にさわったか!?」

 『……っく、ちが、わたし』

 「う、うん?」

 外国から来たはずなのに、不思議と話している内容が理解できた。杏珠と一緒にそっと先を促すと、気の毒な妖精はしゃくりあげながら声を絞り出す。

 『ずっと、住んでた家があって……ノースアンバーって、とこ』

 「何、あそこか? そりゃ災難だったな」

 「どうしたのじゃ、その町」

 「産業革命のはしりはそこから起こったんだ。織物の町でな、機械を使って大量に紡績や染色が出来るようになって、発展はしたが……」

 「その過程で出る煤煙、排水などが原因で、一時はひとが住める環境ではなくなったと聞き及んでいます。相当数の移住者が出て、ゴーストタウンのようになった、と」

 「そんな!」

 突きつけられた経済発展の陰の部分に、かなりの衝撃を受けた女子二人ははっとした。人の家に棲んでいるのに、肝心の人口がどんどん流出した、ということは。

 「……だから、あなたも居られなくなった、の?」

 『うん……だからありがとうって、久しぶりに言われて、うれしくて……!』

 『ほー、ほー』

 そこからはもはや言葉にならない。シーツで顔をおおって泣きじゃくるブラウニーに、足元の小人さんがおろおろいったり来たりする。そんな光景に、

 「っ先生! この子らどうにかしてやってたもれ、頼む!!」

 「このまま捕まえるなんて可哀想です、私たちでお手伝い出来ることがあったら、何でもしますから……!」

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