第23話:春の夜の悪夢④

 「うや~~~~~ッッ!?」

 壁も裂けよ、窓ガラスも割れよと轟く珍妙な悲鳴に、寝入っていた美羽は跳ね起きた。向かい側では同じく身を起こした杏珠が目をこすっている。

 「杏珠、いまの声ってまさか」

 「……タマコだったような気がするのう。多分うわー、ときゃー、が混ざってああなったんじゃろ」

 「なるほど」

 「伊織ー、ちょっと出てくるぞー」

 そんな会話を交わしながら上着を羽織ってブーツもはき、二人は様子を見るために部屋から滑り出た。伊織の寝起きする部屋のドアをノックして声をかけると、やはり起きていたようで『温かくしていらっしゃいませね』と返答があった。あれこれお小言は言いつつも、出来る限り杏珠の好きにさせてくれるのが彼女の良いところだ。

 「もしかしなくても昼の子かなぁ」

 「いやー、どうじゃろうな。美羽に十中八九捕まりかけたすぐあとで出てくるとは――っ」

 先を歩いていた杏珠が突然足を止めた。つられて止まった美羽が問いただすまでもなく、その原因が視界に飛び込んできた。

 上階に続く階段――霧生院の部屋のある方から、ぼんやりとした白い影がやって来る。ひとが走るくらいの速さで、立ちすくむ二人の前をさあっと通り過ぎ、そのまま廊下の暗がりに消えていってしまった。

 「ちょっと待て! 今のは」

 「明らかに小人さんの大きさじゃなかった、よね!?」

 顔を見合わせた頭上から、ヒステリックにわめいている声がする。いうまでもなく被害者であろうところの委員長だ。

 「な、な、なんの必然性もなく目が覚めたと思ったら、ままま枕元に白い影がっっ」

 「委員長、落ち着いてくださいな。私たちすぐに来ましたけれど、部屋からは誰も出てきませんでしたよ」

 「そんなわけがあるものですかッ! 侵入者があったと管理棟に連絡しなくては!!」

 「……なんじゃ、元気そうじゃの。タマコ」

 「うん、あっちはみんなに任せよう」

 生身のひとは同じ人間に何とかしてもらうのが一番だ。こっちは一般的でない方を追いかけることにしよう。

 影が走っていった方は、突き当りにやはり階段がある。廊下の両端に備えられたこれは木製で、気を付けていても歩くたびに軋んでしまう。他の住民の迷惑にならないよう、一応注意しながら降りていたら、

 『―――ほ~~~~っっ!?』

 「ん!?」

 またしても個性的な悲鳴が上がった。今度は寮の外、すぐ目の前に位置する中庭からだ。昇降口はカギが掛かっているので、適当な窓からよいしょ、と桟を乗り越えて脱出する。意外とひんやりした外気に身震いしたときだ。

 「こら、そこで何やってる!」

 「ひゃっ!? ――あ、鴻田先生!」

 「なんじゃ、アル先生も一緒か。見回りご苦労様じゃの」

 「どうも。お気遣いありがとうございます」

 大きな西洋提灯ランタンを持って立っていたのは、なにかとお世話になっている担任と新任語学教諭だ。二人は気持ち早足でやって来ると、それぞれの羽織とマントをばさっと着せ掛けてくれる。温かいが男物なのでちょっと重い。

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