第13話:妖精について私が知ってる二、三の事柄①

 「……ふわあ」

 いろいろと驚きの連続だった休みは開けて、月曜日の朝。寮から教室に向かう道すがらで、美羽は大きなあくびをこぼした。隣を歩く杏珠も似たような状態だ。

 「美羽も寝不足か……」

 「うん……先生に借りた本、面白くて読むのやめられなかったもんね……」

 「うむ……」

 あのあと担任も交えて今後のことなど話しつつ、おいしい洋菓子と紅茶を堪能した二人である。そのときあちらにはどんな妖精がいるのかと質問したところ、アルベルトがいくつかの本を貸してくれたのだ。

 当然のことながら全てイングローズ語で書いてあり、辞書と首っ引きで読むことになったのだが、これがそんな手間も惜しくないほどに面白かったのだ。あちこちに挿し絵や分布図も描いてあって、革表紙の分厚い図鑑のような体裁で。

 ……二人して楽しく読みふけっていたら、うっかり真夜中を過ぎてしまい、怖い顔の伊織に寝床に追いやられたのだった。

 「ごきげんようー……」

 「あら、ごきげんよう。美羽さん」

 「何だか元気がないわね。大丈夫?」

 「う、うん、ごきげんよう。一応大丈夫」

 気づかうクラスメイトに応えつつ、自分の席までやって来た美羽は目を瞬いた。近くに座っている友人のが真っ青になって俯いており、その背中をこれまた仲のいい巴萌ともえがさすってやっている。具合でも悪いのだろうか。

 「巴萌ちゃん、紗矢ちゃんどうしたの?」

 「それが……昨夜、怖いものを見たと言うのだけれど」

 「……ゆ、ゆうべ、部屋の隅で足音がして」

 困った様子で首を傾げている巴萌の横から、当の紗矢が堰を切ったように話し出した。よほど怖い思いをしたのか、目にうっすらと涙が浮かんでいる。

 「そっちを見たら、し、白い影が……! あれは絶対おばけだわ!!」

 「ええっ、本当!?」

 半信半疑と顔に書いてある巴萌には悪いが、思いっきり食いついてしまった。いくらなんでも展開が早すぎるだろうに!

 「紗矢ちゃん、それもうちょっと詳しく聞いてもいい? もしかしたら何とかなるかも」

 「ほ、ほんと!?」

 「――まあ! 何て時代錯誤な!!」

 突如、美羽の真後ろから甲高い声が飛んできた。あんまり聞きたくない声に、しかし無視するわけにも行かずそうっと振り返ると、

 「……あ、霧生院きりゅういんさん、ごきげんよう」

 「ごきげんよう立花さん。相変わらず型通りでつまらないご挨拶ですこと」

 つんけんと言い放ったのは、臙脂色の着物が艶やかな女生徒だ。同じ色のリボンで結った髪は緩く波打っていて、きりっとした美貌に華やかさを添えている。美羽のクラスで委員長をしている霧生院璋子だ。……が、

 「それよりなんですの、寮にお化け? 何て非現実的なんでしょう、この科学全盛の時代に! そんなもの寝ぼけていたに決まっているでしょうッ」

 「ええ……だって、こんなに怖がってるのに」

 「気候が良くなって気が緩んでいるから、そんな幻覚だか夢だかを見るのですわ。そんな世迷よまごとを真に受けるなんてどうかしてらっしゃるんじゃありませんこと!?」

 ……こんな調子で四月の入学以降、何かと突っかかって来られている美羽である。こっちこそ朝一番でやっかいなのに捕まってしまった。

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