第10話:ラボラトリーで朝食を③

 「うわあっ」

 「……ほお」

 思わず声が出た。隣の杏珠も盛んに瞬きをしている。

 部屋の中はすっかり片付いており、落ち着いた光沢を放つ家具がバランスよく配置されている。そんな中、部屋の中央に鎮座した昨日の丸テーブルには、お茶の準備が整えられていた。

 真っ先に目にはいるのは、三段になった銀色のトレイだ。こんがりときつね色に焼き上がった菓子がきれいに並び、『あったかいうちに食べて』と訴えているみたいだ。……そういえば、昨夜から何も食べていないんだった。うっかりお腹が鳴りそうになってぐっとこらえる美羽である。

 「ようこそ、お嬢さん方。さ、どうぞお席の方へ」

 「ひゃっ」

 「あ、お主昨日の」

 「昨夕はどうも。丁度スコーンが焼き上がったところなので、お話は食べながらということにしましょうか」

 いつの間にか出現していた部屋の主が、相変わらず邪気のない笑顔で勧めてくる。ご丁寧に椅子まで引いてくれたので、うまいこと乗せられている気がしてしゃくだがひとまず座ることにした。

 スコーンてこれかな、と思いつつ、盛ってあったパンとケーキの中間みたいなお菓子を手に取る。真ん中で二つに割って、手元のちょうどいい場所に匙を添えたビンが並べてあったので、適当に塗って口に入れる。レモンの甘酸っぱくて爽やかな風味が広がった。

 「……おいしい。レモンてジャムになるんだ」

 「どっちかというとクリームの方が近いかのう――ってそうではないわ!」

 うっかり食べ物へ流れかけた話題を、我に返った杏珠が力一杯引き戻した。テーブルに両手を突いて立ち上がると、正面に座っているアルベルトを真っ向から睨み付けて、

 「お主が新しい語学の教師で、鴻田先生と親しくて、あと何やら妙な特技があるらしきことは知っておる。が、一度はきちんと説明をするのが筋ではないか?

 それが巻き込まれた美羽に対しての礼儀じゃろう」

 華族のご令嬢らしい堂々とした物言いに、相手はふっと柔らかく微笑んだ。となりに腰を下ろしている鴻田に向かって、

 「シゲ、良い生徒さんですね。お友達のためにこんなに真剣になれる人はそういませんよ」

 「まあな。人望はうちのクラスじゃダントツだろ。それよりほれ、説明」

 「勿論ですとも。――お二人に改めて自己紹介させていただきますね」

 楽しそうにそう言って、アルベルトは昨夜のように指を鳴らした。とたんにぱっ、と、浅葱色の羽根付ペンが手の中に現れる。

 「おおっ」

 「名前はアルベルト・ルイス・リッジウェル、出身はイングローズ連合王国首都ロンディア。こちらでは外国語講師、および社交術の実習助手をさせていただくことになります。そして」

 ペン先を動かして文字を書く素振りをすると、蒼いインクがひらひらと現れる。それを使って、何もないはずの宙に綴ったのは『Rose』の一言だ。書かれてすぐ昨日と同じように丸まって、ぱっと光る。

 一瞬ののち、その手もとには二輪のバラが出現していた。桜の花よりわずかに濃い薄紅で、八重咲きの大輪だ。それがふわっと浮き上がって、美羽たちの手に飛び込んでくる。

 「――ご覧の通り、少々特殊な力が使えまして。

 所属は女王陛下ハー・マジェスティ麾下きかのイングローズ魔術師協会ウィザード・アソシエーション、通称『世界樹ユグドラシル』になります」

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