第8話:ラボラトリーで朝食を①

 見渡す限り、薄紅色の花が満開だ。空には煌々と満月が輝き、花盛りの梢をあわあわと照らし出している。

 そんな美しい夜を、木々の下から眺めている。根方には澄んだ水がこんこんとわき出ていて、辺り一面を水鏡に変えていた。

 風に降り注ぐ花びらが、足元をすり抜けて流れていく。飽きずに眺めていると、ふいに誰かが話しかけた。

 『――どうしたの?』

 ざあっと強い風が吹く。舞い散る無数の花びらの向こう、水際でこちらを見つめているのは――



 ふっと意識が浮上した。

 「……、あれ?」

 ぼんやりつぶやきながら何度か瞬きをする。目の前に見えるのは、寄宿舎にある自室の天井だ。

 はて、昨夜はいつベッドに入ったのだったか。寝巻きこそ着ているがさっぱり思い出せない。

 「あれー……?」

 上半身を起こした状態でしきりに首をかしげる中、ドアを開け閉めする音がした。続いてはっと息を飲む気配と、勢いよく駆け寄ってくる足音がして、

 「美羽ーッ!! 目が覚めたのか、心配したぞっっ」

 「わああああ!?」

 顔を会わせるなり飛び付いてきた杏珠によって、再びベッドに沈むハメになった。感極まっているのか、手加減抜きでしがみつかれているので苦しいったらない。バタバタする当人をよそに友人の主張が続く。

 「走っておったら急にいなくなるし、何だかまわりに人っ気がなくて妙な気配がするし! かと思えばこれまた急に例の王子様がわいて出て、この場は自分に任せて先に戻っておれとか言うし……顔を見るまで生きた心地がせんかったぞ!!」

 「――そうだ、先生!」

 言われて一気に記憶が甦った。そうだ、最後の最後で気絶してしまったんだった。

 首っ玉にしがみついている杏珠をよいしょ、と押し返して起き上がり、気になったことを問いただす。

 「ねえ杏珠、私が急にいなくなって、後から来た先生が自分にまかせてって言ったんだよね?」

 「う、うむ」

 「それで安全なとこで待ってたら、先生が私を連れてきてくれたのね?」

 「そうじゃ、気を失っておったから仰天したぞ! あとはうちの伊織いおりが着替えさせて、ベッドまで連れて行った」

 「そ、そっか……」

 ちなみに伊織というのは、杏珠の実家である紅小路家から同行してきた世話役で、美羽もなにかと助けてもらっているひとだ。言うまでもなく女性なので、着替えを手伝っていただいたことについては全く問題ない。そして今、何をおいてもまずやらねばならないことは――

 不安そうな友人に避けてもらい、そっとベッドから降りて立ち上がる。春とはいえ朝方の空気は涼やかで、素足に触れる床の木材からも冷気が伝わってきた。そのひんやりとした刺激で少しすっきりしつつ、美羽は決然と口火を切る。

 「私、いまから先生の所に行ってくる。聞いてみたいことがあるから」

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