第5話:黄昏の桜森①
「――う、なあ美羽! 聞いておるか、というか起きとるか!?」
「はっ!」
耳元で響く、高く澄んだ声で意識が戻った。そちらを向くと、あきれと心配が半々の表情をした杏珠が目に入る。
「わらわは居らなんだからよく知らぬが、クラスの皆が口を揃えて言うておったぞ。お主、昼を過ぎてからずうっとそんな調子だったそうじゃな? 大丈夫か?」
「ううっ」
身に覚えがありすぎる指摘に思わずうめく。みんなよく見てらっしゃる……!
いろいろ衝撃的だった昼休憩から、時は流れてはや放課後。理事長の説教、もとい有り難いお話が長引いて教室に戻れなかった杏珠を迎えに行き、一旦教室に戻って教科書などを回収してから、寄宿舎へと帰る道すがらのことだ。
……どこをどう走ったやら全く覚えていないのに、ちゃんと教室にたどり着いたのは奇跡としか言いようがない。ただ大方の予想通り、授業はほとんど頭に入って来なかったが。
(うう、西洋文化って怖い……!)
唯一の救いは、今日は鴻田の授業がなかったことだ。これで顔を合わせて報告などする羽目になったら、ぶり返した乙女の恥じらいで見事ぶっ倒れていただろう。
「……えっと、みんななんて言ってた……?」
「うむ。とにかく始終窓の外を眺めておるし、なのに目はどこか別のところを見つめておるし、急に赤くなって頬を押さえたかと思えば、ざあっと青ざめて頭を抱えたりしておったそうじゃ。明らかに挙動不審じゃの」
「あああああ」
冷静な報告に、それこそ頭を抱えてうずくまってしまった。午後からずっとそんな状態だったなら、教壇に立つ先生方に見えなかったはずがない。なのに誰からも叱られた記憶がないのは……美羽のあまりにもアレな様子に、積極的に関わることを避けたんだろう。たぶん。
だがしかし、想像してみてほしい。あんな出会い方をした人と、少なくとも今年度いっぱい、授業を通してとはいえ毎週数回は確実に顔を合わせないといけないのだ。出会うたびに思い出す一連の出来事に、今まで家族以外の男性とほぼ接したことがない美羽の心臓が耐えきれるかどうか。あまりにも学業に支障が出るなら、最悪自主退学という恐ろしい事態にも……
「だ、だめだめ! せっかく無理言って編入してもらったのに、こんなくだらないことで辞めるなんてうちの皆に申し訳が……!!」
「なんだかえらく切迫しとるのぅ。まあ無理もない、だいたい事情は察した」
「え、ええっ!? 分かっちゃったの杏珠!?」
「もちのロンじゃ。わらわを誰だと思うておる」
何故バレた!? と勢いよく立ち上がった美羽に、得意げにうなずく杏珠。理事長室から出てきたときの消沈ぶりがウソのように、実に生き生きとした顔つきで両手を突き出した。指を内側に曲げて、なんだか可愛らしい形を作ってみせる。
「ずばり、これじゃろ」
「はい?」
「だーかーら、ラブじゃラブ。くだんの新任教師に一目ボレしたんじゃろう?」
「、はいいぃっ!?」
予想もしていなかった一言に、廊下の窓ガラスも砕けようかという絶叫があがった。はっきりいって大暴投なのだが、又聞きした自分の様子じゃそういうふうに見えるだろうなあ、とうっかり納得も出来てしまう。いや、断じて違うんだけど!
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