第3話:ガール・ミーツ・ジェントルマン①

 寶利女子学園の敷地は広い。日々の授業を行うクラス棟、朝礼や体育の時間で使う講堂、生徒と教員のための寄宿舎など、目的別の建物が整然と並んでいる。

 中でも教師たちの個室がある教員棟は、美羽たち学生には出入りすることがほとんどない場所だ。今回のように、特別に頼まれた用事でもない限りは。

 「新任の方、お時間大丈夫かなぁ」

 休み時間が終わらないうちにと、大急ぎでやって来た棟内にて。一階の職員室で入棟許可をもらい、教えてもらった研究室へとてくてく歩きながらつぶやく美羽がいた。手にはもちろん、先程預かった茶葉の包みをしっかり抱えている。

 「語学……ていうと、杏珠が言ってた先生の後任、だよね」

 この学校は国内でも珍しく、中等部と高等部に分かれている。たいていは中等部からの入学で、学内の先生たちともだいたい顔見知りだ。去年まで外国語を教えていた先生は、そんな持ち上がり組の友人曰く『フクロウそっくりで万が一ホウ、って鳴いても全く違和感がない』穏やか~なおじい様だったそうな。自他ともに認める動物好きの美羽としては、ちょっぴり見てみたい気持ちもあるのだが。

 「腰を悪くされたならしょうがないよね。ひどくしたら寝たきりとか、大変だし」

 うんうん、と自分を納得させながら階段を上がる。最上階の突き当りが目的の部屋だ。

 ドア脇の表札に、まだ名前は入っていない。失礼のない程度にノックしてみるが、しばらく待っても何の応えもなかった。不在なのだろうか、と心配になったとき、


 きぃ……


 「あ」

 ひとりでに開いたドアから、部屋のなかが垣間見えた。どうやらまだ荷ほどきの最中らしく、油紙で包まれた家具やら書籍やらがあちこちにおいてある。大きな丸いテーブルと椅子が二脚だけ、真ん中にちゃんと並べられていた。その上には――

 「わあ……!」

 思わず感嘆の声が出た。

 飴色の光沢を放つテーブルには、インクの瓶と羽根つきのペンが飾られていたのだが。その両方が素晴らしく綺麗だったのだ。

 インク瓶は切子細工のようなカットが施してあり、中は濃い藍色の液体で満たされている。窓から差し込む日の光に、時おりキラキラと金色の瞬きが踊った。ペンの方は鮮やかな浅葱色の羽根で、木製とおぼしき軸の部分に何かレリーフが刻んである。ペン先はホルダーに隠れているが、多分銀だ。

 「綺麗だなぁ……、って!」

 引き寄せられるようにフラフラと入り込んでしまい、あとで絵に描けそうなくらい詳細に観察してからはっと我に帰った。いかんいかん、本来の目的を忘れるところだった。しかし部屋の主はどこへ行ったのやら――

 「……んー……」

 「ひゃっ!」

 部屋の隅から呻き声のようなものが聞こえて、思わず悲鳴を上げてしまった。そうっと振り返ってみれば、反対側の壁際にこれまたアンティーク調のソファが置いてあり、ついでにその上に腰掛けている人影も目に飛び込んでくる。

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