第2話:理由は(一応)ある反抗②

 神妙に同意してくれた美羽にホッとしたのか、杏珠がぐったりと机に突っ伏した。さっきと打って変わって、ぐずるような情けない声が聞こえてくる。

 「ううう、どーしてこうばあ様は気が短いのじゃ。わらわはそんなに素行不良か~」

 「きっと心配して下さってるんだよ。お孫さんたちの中で、杏珠が一番年下なんでしょう? 他のひとはみんなお嫁に行ったって聞いたし」

 「そりゃあ従姉妹たちにもしきりに世話は焼いとったが……」

 「ね? 信用うんぬんより、杏珠が可愛いから幸せになってほしいんだよ」

 にっこり笑った美羽に、頬を膨らませていた相手はようやく身を起こした。ややバツの悪そうな表情で咳払いなどしつつ、

 「……ま、学業を納めるまで待つ、とは言って下さったからな。その言質は信じるとするか。

 じゃがわらわは諦めんぞ、目指すは母上のように恋愛して結婚じゃ!」

 「うん、応援してるね」

 「何を言うとるか、美羽も一緒にやるに決まっておろう! ゆくゆくは共に洋行してぼーいはんとするぞっ」

 「えっ」

 「そんなわけで皆の衆、我もと思うものは手を挙げよ! 諸外国、みんなで渡れば怖くない!!」

 「「「はあーい!」」」

 「ええええ!?」

 すっかり元気になった杏珠の呼び掛けに、ノリよくその場の全員が手を挙げる。さりげなく頭数に入れられてしまい、がっちり抱え込んだ親友の腕の中で悲鳴を上げる美羽である。みんなやる気満々か!!

 と。

 「――おーい、うちのお姫さん方。あんまり物騒なこと大声で言うなよ? あと紅小路べにこうじ、立花が苦しそうだからそろそろ放してやれ」

 「あ、こ、鴻田こうだ先生」

 「む、いつからそこに」

 突然頭上から降ってきた低い声に、無理やり首をひねって見上げると、近頃ようやく見慣れてきた大柄な男性の姿があった。

 美羽たちの学級を受け持つ教師だ。硬そうな短髪に線のはっきりした顔立ち、がっしりした体格と見た目は厳ついが、実はたいそう面倒見がよくてこまやかに気配りをしてくれる。

 専門とする国文学の他、海外への留学経験があり語学も堪能、まだ二十代半ばと若いながら見識を買われて抜擢された――というのは、皆の噂話で知ったことだが。とにかく良い人柄で、なかなか難しい年頃の娘さん方からも人望が厚い先生なのだった。

 「ついさっきだ。誰かさんが師走二十五日の洋菓子がどうの、とか言ってたぞ」

 「ほとんど最初っからではないか! 立ち聞きは礼儀に反しておらぬかの!?」

 「怒濤の勢いで喋ってるから口が挟めなくてな。まあ立花がえらく聞き上手で、俺の出る幕はなかったが。すまんな」

 「い、いいえ。ありがとうございます」

 こうやってさりげなく誉めてくれるのも慕われる要因のひとつだ。もし兄様がいたらこんな感じなのかな、と、はにかみながらこっそり思う美羽である。

 ちなみに、仮にも担任教師に対して杏珠が敬語を使っていないのは、家柄および教育方針によるものだ。遡れば宮家、しかもかなり皇家に近いという高すぎる身分のため、目上の親族以外にへりくだるのは逆に失礼――という、実にめんどくさい決まりごとがあるらしい。まあちゃんと指導を聞いてくれれば話し方はどうでもいいぞ、というのが鴻田の考え方なので、全く問題はないのだが。

 「で、何用じゃ? まだ昼の休憩は始まったばかりじゃろ」

 「おう、二人にちょっとな。立花はこれを頼まれてくれるか」

 微妙にジト目の杏珠に応えて、鴻田が手にしたものを差し出した。紫色の風呂敷に包んだ、一尺程度の長方形のものだ。持つと案外軽く、中でさらさらと音がした。かすかにいい香りもする。

 「お茶、ですか?」

 「うん。近く赴任する語学の講師がいてな、挨拶かたがた渡しに行きたかったんだが、紅小路を連行するって用事が出来ちまったから」

 「はあ!? なんでわらわがっ」

 「あのなぁ、心当たりがないとは言わせんぞ。お前、午前中に学校の視察に来たひとの荷物にかんしゃく玉仕込んだろ」

 「えっ!?」

 降ってわいた恐ろしい一言に美羽が凍り付き、となりの杏珠が思いっきり肩を揺らした。ちょっと待て、その反応は図星か、図星なのか!

 「帰る道すがら暴発して、あちこち焦げて大変だったらしい。さっきものすごい剣幕で抗議に来られて、お引き取りいただくのに難儀した」

 「杏珠、いくら何でもやりすぎ……」

 「だ、だって、あんまりいけ好かないヤツじゃったから!」

 「はいはい、申し開きは理事長先生のところでな。じゃあすまんが頼むぞ」

 「は、はい」

 「あああ、大伯母様おおおばさまの説教は長いから嫌じゃ~~~!!」

  鴻田に(ちゃんと手加減はして)引っ立てられ、実は創立者の又姪まためいだったりする杏珠の悲鳴が廊下を遠ざかる。……確かに、理事長女史のお話は長い。それもご年配の方にありがちな、同じ話題を何度も繰り返す無限地獄タイプだ。

 自業自得とはいえ哀れを誘う光景に、美羽をはじめとするクラス一同はそっと両手を合わせて健闘を祈ったのだった。

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