第一章:

第1話:理由は(一応)ある反抗①

 ふわ、と、薄紅の欠片が舞った。

 「わあ」

 開いている頁に落ちたものを、優しく摘まんで手のひらに移す。風にあおられたとは思えないほど、きれいに五枚の花びらがそろっている。顔がほころんだのが自分でもわかった。

 「お花ごと飛んでくるなんてめずらしいなぁ……」

 花の蜜を食べに来た小鳥が摘んだのかもしれない。きっと押し花にしたらきれいだろう。うん、ぜひそうしよう。

 心に決めてうきうきと薄紙を取り出す。……と、

 「――美羽みうーっ!! 立花たちばな美羽はここにおるかっっ」

 だだだっ、という騒々しい足音に続いて、華やかな教室のざわめきをかき消すほどの大音声が響き渡った。一斉に振り返る級友たちの視線の先、肩で息をする人影が。

 「え、杏珠あんじゅ?」

 「おお、おったな!! いま良いか、いや良くなくとも聞くのじゃ、ぜひ聞いてくれッ」

 「あ、は、はいはい」

 ものすごい剣幕で頼み込まれて、名指しで呼ばれた美羽はとりあえず姿勢を正した。机の上の本と桜を脇にどけていると、どかどかやって来た杏珠がその辺の椅子を引きずって真向かいに座る。

 「あのな、わらわとて己の立場は一応わきまえておるぞ? だからこうして学園に通うておるし、それなりに勉学にも励んでおるし、ついでに世の中には『六日の菖蒲』だの『十日の菊』だの、ついでに最近だと『師走二十五日過ぎの洋生菓子ケーキ』なんて縁遠い女子をそしる言葉があることもよおおおっく知っておる」

 「……えっと、二十五日すぎたらダメなんだ」

 「旬を過ぎたら誰も手を出さぬ、ということらしいぞ! ええい、勝手に期限を切っておいて何様のつもりじゃー!!」

 ばんばん、と机を叩きながらわめく杏珠。艶やかな髪はリボンで飾ったマガレイト、矢絣やがすりの着物に海老茶の袴という女学生らしい可憐な装いで、何より本人が誰が見ても文句なしの美少女で。なのに仕草とにぎやかすぎる文句があいまって、実年齢よりだいぶ幼く見えてしまうのがかなりもったいない。

 しかし、ここまで聞いていてだいたいの事情は呑み込めた。

 「またお見合いの話? ほとんど三日おきくらいに来てないっけ」

 「そのとーりじゃ! さすがは我が無二の友よっ」

 「え、えへへ……」

 がしっと両手を握りしめて褒めたたえる友人に、なんだか微妙な笑顔で答える美羽だ。

 ――時は大正の真っただ中。極東の島国・桜華国は帝都に設立されたここ、私立寶利女子学園の門戸は広い。御一新の前なら姫君として深窓で育てられたろうひとも、代々商家として商いに精を出してきたひとも、学資さえ払えれば同じ教室で同じ教育を受けられるのだ。

 だからこそ、いまをときめく永代華族ご令嬢の杏珠と、晴耕雨読の生活を営む地方出身の美羽が仲良く出来るわけで、そこは今の世の中に素直に感謝したい。帝都でも五本の指に入るという桜の名所で、大好きな花に囲まれて新生活を始められたのも幸せなことだなぁと思っている。

 がしかし、やっぱりそれぞれに悩みはあるわけで。

 「来たる社交界への顔出しに備えて、舞踏会や晩餐会に同行する相手を選ばねばというのはわかるぞ!? しかしじゃ、何でそのとりあえずの相方に肖像画と釣り書きが付いてくる!? 明らかに陰謀であろうっ」

 「それは……うん、確かにやり過ぎかも」

 ただの自己紹介にそこまで力を入れるというのは、お互いちょっとでも気に入ったら、すぐさま公私兼任のパートナーに移行できるようにという段取りなのだろう。相手をそのまま写す写真ではなく、描き手の技術次第でいくらでも美化できるのが肖像画の利点であり最大の強みだ。

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