好一対ー弐 家族祝い

 ※

「プレゼントっていうても、うちはふたりの好み知らんで」

 といって雑貨屋を物色するのは四宮松子である。


「かんちゃんとうちのおかんに贈るサプライズプレゼント、いっしょに選んでくれん?」

 環奈養子入りが決定してから一週間。

 学校帰りに八郎に泣きつかれたため、仕方なく最寄り駅に建つビルまでやってきた。八郎と柊介、そしてなぜか武晴と明夫も混ざって、なぜか五人でビルのテナントに入った雑貨屋を物色しているのだ。

 アクセサリーもつけない、特出した趣味もない──その程度の情報でプレゼントをさがせというのだから迷惑な話である。

「よほど変なのやなかったらなんでも喜ぶやろ。とりあえず、店内見て回ったらええやん」

「うん──でもこういう雑貨屋ってさァ。おれたち男には用途がわからへんもんばっかりで、ぜんぶ不要なものとしか見られへんのよ。でもおんなのこってこういうの好きやん」

「そりゃあ若い子はね。でもおばさんはもちろん、環奈さんやて雑貨集めるタイプとちゃうやん。むしろ健康的なものとかのがええんちゃう?」

 松子も雑貨にはそれほど興味はない。

 手に取った置物をふたたび棚にもどして八郎を見た。

「これまでの感謝とこれからほんまもんの家族として末永くいっしょにいようね、って意味で贈るんやろ」

「うん。健康的なものって、……なあしゅう。そないじじ臭いもんでええかな?」

「じじ臭いことないやろ、人間は身体が資本や。どうせ化粧とかそういうのも興味ねえし、どっちかっつーとふたりともオーガニック系自然派女子とかいうカテゴリに入るんちゃうか」

「へえ、有沢ってそういうことば知ってんの!」

 とおどろいた松子だったが、柊介の手元にある小冊子にでかでかと『オーガニック系自然派女子におすすめ!』と書かれた文字を見るや、閉口した。

「そういうもんか。最近の若い子はババくせえな──」

 なぜか武晴も妙に納得したのか、となりにある健康食品の店に向かおうとする。

 松子はあわてて制した。

「いやいやいや、健康ていってもいろいろあるやんか。たとえばアロマとかさ。リラックス系やって、最終的には健康につながるやん。そういうのよ!」

「ああー、そうか。黒米とかそっち系やと思た」

「それはさすがにババくせえよ。ゆきさんはぎりぎりアリかもしらんけど、どこの女子大生が黒米もらって喜ぶねん──とりあえずそっちの店とか見てみろ」

 と柊介は刺々しくつぶやいた。

 駅ビルにもなると、ギフト専門の店もあるもので、松子の言ったようなリラックス系の商品から健康器具等まで、選択肢は溢れるほどにそろっていた。

 結局。

 ひとつのお店で一時間ほど悩んだ結果、八郎と柊介はゆきにアロマランプと精油がセットになったもの、環奈に名入りの写真立てとプリザーブドフラワーを購入した。メッセージカードもぜひ、と店員に言われたので、八郎は恥ずかしそうにペンをとる。

「いつまでも健康で長生きしてね」

 と、さながら祖父母に贈るようなメッセージを二枚書いた。

「……これ、ゆきさんと環奈に贈るんよな」

「せやで」

「なんかもうちょっと──こう。せめて環奈のほうは変えたったれや」

「そう? すんません書き直してもええですか」

 そして書き直した八郎のメッセージは、

「これからもずっとよろしくね」

 というかわいらしいものだった。

 松子は肩を揺らして笑いをこらえ、明夫は微笑ましく瞳を細めてめがねをあげる。

 ていうか、と武晴がそのメッセージカードを覗き込んだ。

「ハチと環奈姐やんって、姉弟とちゃうかってんな。オレてっきりふつうの姉弟とカン違いしてたわ」

「まあでもそう変わらんて。おれからすればいままでもお姉ちゃんみたいなもんやったし、ただ戸籍が養子って入るだけや」

「よかったなー」

「おう!」

 溶けるような温顔で八郎は元気よくうなずいた。


 パーティは明日。

 その前にきょうはもうひとつ、最大のサプライズがあるのだ。

「あかんっ、いま何時?」

「もうすぐ五時」

「やべえ。──四宮姐さんホンマにたすかった。お前らもサンキュー」

「なんや、どっか行くんか」

 武晴が目を丸くする。

 ああ、と代わりに答えたのは柊介だった。

「もうひとつデカいプレゼント受け取りに行かなあかんねん」

「手伝おか?」

「いや問題ない! ほなまた学校でッ」

 というや、八郎と柊介はダッシュで駅に向かって走り出した。

 まったく──家族のことになると何よりも一生懸命になるのだから、と松子は内心でホッとする。中学時代の有沢柊介を思えば、いまの関係性にもうなずけるというものだ。

「なんや知らんけど、あいつらもいろいろあったんやな」

「ああ。こんどの修学旅行、環奈さんも連れてくとか言いだしそうで怖いわ」

「だはははッ」

「はーおなかすいた。バーガー食べて帰ろー」

「いいねえ」

 こうして武晴、明夫、松子はなじみ深い駅前通りをとおって、古くからよく通ったバーガー屋に足を運ぶのであった。


 ※

 近鉄奈良駅、十七時十分。

 駅の改札前にその人物はおおきな荷物をころがしてやってきた。

「おとん!」

 八郎がさけぶ。

 大きく手を振ると、その人物はおだやかにわらってこちらに手を振り返した。

 特大のトランクケースにはMUCの文字が書かれたシール。どうやらミュンヘン空港から出立してきたようだ。


「八郎、柊介ェ。大きくなったなァ!」


 刑部浩太郎──六尺を越えたやさしい面立ちの彼こそが、刑部本家の大黒柱。

 つまり、八郎の父である。


 浩太郎は八郎と柊介の頭を武骨な手でぐりぐりと撫でまわし、くたびれた背広をぐいと脱いだ。

「はー、やっぱりヨーロッパから日本は遠いよ。父ちゃん十五時間くらい飛行機に乗ってた」

「そんなにかかるん──でもあの日の今日でよう帰ってこられたね。チケット高かったやろ」

「ふふふ。実はちょうどこっちに出張しようとしてた人がおってん。もうギリギリでバトンタッチしてさ、日本に出張業務をするという名目……つまり会社の金で帰ってきたのだ。おかげで仕事も増えたわけやけども、まあ普段からしっかり仕事をしていらァこういうときに多少の融通が利くもんなんよ」

「わはは、ずりーッ」

 と父にじゃれつく八郎の横で、柊介は照れくさそうに髪の毛を直しながらトランクケースを手に持った。

「おっちゃん、ちょっと痩せたんちゃう。むこう行ったら大抵太るもんやと思てたけど」

「それがよ。太る暇もないほど激務やねんけど、ストレスもないねん。ドイツ人ってけっこう日本人と性質似とるさかいに、仕事上での変なストレスがあらへんのよ。たまに几帳面すぎるところもあるけど、俺がこんなんやから逆にバランスとれてちょうどええねん」

 それより、と浩太郎が辺りを見回す。

「母さんたちどうした?」

「おかんにもかんちゃんにも、おとんが帰ってくること言うてへんで」

「えッ?」

「サプライズプレゼントやもんさ」

 と胸を張る八郎。

 ちらと柊介を見ると、こちらもどこか照れ笑いを浮かべていた。

「…………」

 まったく。うちの息子たちはなんてかわいいんだろう──としみじみ感じ入る浩太郎はふたたびふたりの頭を自分の胸板に押し付ける。

「ほなはよ帰ろか」

「おとん、いつまでいられる?」

「仕事次第やけど──一週間はいられるよ」

「そんなもんかァ。あ、帰ったら体育祭の写真見てや。おれたちの活躍しとるとこばっちり写ってんねんから」

「聞いたぞ。柊介は選抜リレーで、八郎は四百メートルで一位やったんやろ」

「そうそうそんときね──」


 およそ一年半ぶりとなる父との再会に、八郎は絶えず話をつづけながら、何度も何度も父を見上げてはうれしそうに笑いをこぼすのだった。

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