国語なんて運ゲー教科や(回想)
──2年前。
──桜井探偵事務所──
現在の時刻は12時50分。事務仕事がキリの良い所まで終わった俺は、飯を食べに行こうと考えていた。
しかし1人で行くのも寂しいしな……誰か誘うか。
そう思いざっと周りを見渡してみるが、皆は各々買ってきたパンを食べたり作ってきた弁当を食べたりしていたため、誘えそうな人はいなかった。
仕方ない。1人で行こう……と思っていた時、猫に餌を与えている少女が目に入った。
「んふふーサクー。ゴハン美味しいっすか?」
甘い声を出しながらしゃがんで猫に話しかけているのは、俺の助手の片桐佳奈だ。彼女は活発でムードメーカー的存在であり、探偵事務所を明るくしてくれるなくてはならない人物だ。
その一方で少しわがままな所があり、自由な所もある。この猫も彼女が勝手に連れてきた猫だ。……まぁいいけどね?
そんな片桐に昼食を誘ってみる。
「……片桐、飯食いに行かないか?」
「あっ、はい! いいっすよ!」
彼女は猫から俺へと目線を変えて、返事をした。
「で、どこ行くんすか」
「駅前の牛丼屋はどうだ? 今20パー割引期間らしいからな」
探偵事務所に来るまでの道にある牛丼屋に、割引中ののぼりがあったのを思い出したのでそこに誘ってみることにした。
「おおっ! それはいいっすね! ……えぇっと400円の牛丼が20パー引かれるから……380円?」
片桐は両手で指を折りながらブツブツ言って、全く合っていない計算をしている。
「……どうやったらそうなるんだよ。320円な」
「そ、そんなの電卓弾けばボクだってわかりますよー!」
「電卓使えば誰だって分かるだろ……早く行くぞ?」
「あ、はーい」
──
牛丼屋へと向かう途中で、隣にいる片桐が俺に話しかけてくる。
「ねぇー桜井さん? 数学なんて生きていく上で必要なくないっすか? 算数でじゅーぶんっすよ」
「算数すらまともに出来ないのによく言うぜ……」
さっきの計算を引きずっているのか、数学は必要ないという話を俺にしてきた。
「だって使わないじゃないっすか。因数分解? とかーなんちゃらの法則ーとか」
「使わなくたって、知っている分には損はしないだろ」
「なら絶対に使う国語のべんきょーした方がいいじゃないっすか。それにボク国語好きですし」
国語も絶対使うとは言えないんじゃ。それに……あんな運ゲーの教科俺は嫌いだし。
「国語ねぇ……そんなに使う?」
「だって今喋ってる日本語だって、小さい頃から国語を学んだから喋れてるんすよ!」
「うん……まぁそうだけども」
それを国語とまとめて良いものなのだろうか。
「それに国語を学んでなきゃ隠されたメッセージに気がつくことが出来ないんすよ!」
「ん?」
なんか急に話のベクトルが変わったぞ。
「例えば……1番有名なのはアレっす。『月が綺麗ですねぇ』」
片桐は低い声で……いわゆるイケボというやつでそうセリフを発した。
「あー。それは俺でも分かるぞ。夏目漱石が I Love Youをそう訳したんだよな」
「……知ってるんすか」
片桐は残念そうな顔でこっちを見てくる。なんで?
「後は他にも……これは古典っすけど、折り句なんかもあるっすね」
「……すまない古典はさっぱりなんだ」
俺がそう言うと、片桐はにゃっとした。まるで「桜井さんも知らないことあるんすねぇ」とでも言いたげな顔だ。
そのにゃっとした状態で片桐は説明をしだす。
「和歌とかで各句の上に物名とかを一文字ずつおいたもののことを言うんすよ」
「うん?」
俺は首を傾げる。すると片桐はすうっと息を吸って、和歌を読み始めた。
「からころも
きつつなれにし
つましあらば
はるばるきぬる
たびをしぞおもふ……在原業平が読んだ和歌っす」
……驚いた。言ってはアレだが、頭の弱そうな片桐の口から和歌が出てくるとは。……もしかしてこいつ文系科目なら頭いいんじゃねぇかな。
「頭の文字を取ると、『かきつばた』になるんすよ! 驚きました?」
そんなことより、俺は片桐が賢いかもしれないという可能性が出てきたことに驚いていた。
「……要するにアレだな。新聞のテレビ欄とかである縦読みみたいなやつだろ?」
「うーん……まぁそんな感じなんすかねぇ」
なるほどね。何となく理解できた。
「でもなんでわざわざメッセージを隠すんだよ。気づかない人もいるだろ」
「それがいいんじゃないっすか! わかる人にだけわかる……そんな歌や文章って大好きなんっすよ」
「あ、着いたぞ。〇野家」
「ちょっと桜井さん! 話聞いてます!?」
───
思い……出した……!!
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