失踪(2)

 ──嘘だ。こんなの絶対嘘だ……!! 片桐が勝手に消えるなんてありえない。どうして……どうしてだよ!!


 怒りや悲しみでもない、よく分からない感情が頭の中をグルグルと回り出す。


 そして心臓がドクンドクン時とうるさいほど聞こえてきだして……呼吸のペースが異常なほど早くなる。


 ……何だか気分が悪くなってきた。


 それでも何とか……もう1度よくその紙を読もうとした時、コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。


 片桐か!?


 ……いや、アイツは扉なんか叩かない。そんなこと知っているだろ。何を期待してるんだ俺は。


 なら考えられるのは……依頼人か。はぁ……そんな状況じゃないってのに……!!


 今はそんなものに構ってる暇はないと考えた俺は、無視を決め込むことにした。


 ……が、それでも扉の叩く音は鳴り止まない。その音が聞こえる度、俺はどんどんイライラしてしまう。


 \ドンドン/

「……せぇ」


 \ドンドン/

「……るせぇよ」



 \ドンドンドン/


 ……何かが切れた気がした。


「…………うるせぇ。……だぁぁあああ!! うるせえ!! うるせぇええ!!!」


 乱暴に扉を蹴り飛ばす。 ……そこに居たのは。


「ほ、ホームズ?」


 怯えた顔をしたクルトだった。


 ──


「……驚かせたな。ごめん」

「いや。別に、びびびってねーし」


 見るからにクルトは強がってる。ごめんなクルト。今日はいつものスマイルは出せそうにないんだ。


「それで……どうしてここに?」

「遊びに来たんだよ。親も少しは外出を許してくれるようになってな!」


 クルトは前よりも自然に笑えるようになっていた。


「そうか。それはよかった」


 もちろんこれは本心だが、今の俺には素直に喜べる気力は持ち合わせていなかった。


「んなことよりホームズ、お前の方こそどうしたんだ。遊べる雰囲気じゃなさそうだけど」


 ……クルトに話していいのだろうか。話すべきではないとは思うけれど……この悩みを1人で抱えるのは相当辛い物だった。


 たまらず俺はクルトに話をした。


「実は……クローバーが消えた。この置き手紙を残してな」


 片桐が書いたであろう置き手紙を見せる。クルトはそれを受け取って読み出した。


 だが、クルトは上から下までサラッと眺めた後、「ふぅん」とただ一言呟いただけだった。


「……よく落ち着いていられるな」


 驚いたり、焦ったりするのを想像していた俺は何だか無性にイライラしてしまう。


「だってクローバーさんが勝手に居なくなる訳ないじゃんか」

「何を言って……現に手紙を残して消えてるじゃないか!!」


 無意識に声が大きくなる。その声量に自分でも驚いてしまった。


「それはそうかもしれないけどさ……あの人がホームズを置いて出ていくなんて考えられないんだよね」

「お前っ! 何を根拠に!!」


 俺が立ち上がろうとした瞬間……クルトにデコピンをされる。


「ア痛ァ!!!」

「頭を冷やせ、ホームズ。らしくないぞ」

「……あ、ああ。ごめん」


 その言葉で少し冷静さを取り戻した。確かにらしくないな俺。……落ち着け。落ち着け。


 クルトは話を続ける。


「オレがクローバーさんと一緒に寝た時、あの人ずーっとホームズのこと話してたんだよ。かっこいいーだの優しいーだの大好きだーだの。そんな人が勝手にいなくなる訳ないじゃん」

「でも……」


 俺だってそう信じたい。けど……けど……。


「そんな顔するなよホームズ。……だからきっと『こう手紙を書かざるを得ない状況』だったんじゃない?」

「……ん? ……あ、まさか!」

「そう、この手紙はフェイクの可能性が高いんだよ。そして本当に伝えたいことは隠されてる可能性がある」


 盲点だった。いや、焦りすぎて視野が狭くなっていたのか。片桐は何者かに脅されてこの手紙を書かされたのかもしれない。その可能性は充分高い。


 それに……片桐なら隠しメッセージを入れててもおかしくない。あいつはそんなことをするような奴だ。


 ──少しの希望が見えた気がした。だけれども……


「だけど……どうやって隠してるんだろうか」

「それは分からないけど……こればっかりはクローバーさんと付き合いの長いホームズの方が見つけられるんじゃない?」

「そんなこと言ったってな」


 もう一度手紙を読んでみるが、何も分からない。うーんと頭を唸らせていると、クルトが


「何か最近変わったこととか……違和感のあることとかなかった? もしかしたら、隠して何かを伝えようとしていたんじゃない?」


 と言った。そう言えば昨日違和感のあることがあった気が……必死に思い出す。


 ハンバーグ……じゃなくて……「好きな教科の話」か……!


 確かこんな会話したことが……あった気がする……!!


 必死に思い出してみる……




 あれは……確か2年前位の時で……片桐と一緒に牛丼屋へと行った時……そうか。俺が誘ったんだ。


 その時に片桐が……話してきたんだった。




 ──遠い過去の記憶が徐々に蘇ってきた。

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