失踪(1)

「あ、いた!」


 俺はギルドハウスの端っこの方で、壁に寄りかかってっている片桐を発見した。当然近づいて声を掛ける。


「やっと見つけた……心配したんだぞ?」


 いつもの片桐ならグチグチ俺に文句を言ったり、オーバーに悲しんだりするはずなのだが……


「……」


 一切そんな素振りは見せず、黙って虚ろな目をしている。


「クローバー?」

「……」


 更に片桐は俺と目を合わせようとしない。俺を視界に入れないように避けているようだった。


「どうしたんだよ? ……あ、ミナトルのことか? 彼女なら見事入団テストに合格して、無事グループに入れたぞ。良かったな」

「……」


 片桐は俺の言葉に反応しない。怒っている訳では無さそうだが……どこかうわの空というか、なんというか……


「おいクローバー、体調悪いのか?」

「……」

「なら疲れたのか?」

「……」


 片桐は首を大きく横に振る。……何だか何を言っても首を横に振る勢いである。


「ええっと……とりあえずもう帰ろうぜ」


 俺がそう提案してぽんと肩を叩くと


「……うん」


 そう片桐は呟いた。


 俺は小さな片桐の手を引いて外に出たのだった。


 ──便利屋ホームズ──


 便利屋に戻っても片桐の調子は戻ることはなく、得意であるはずの料理も大失敗していた。


「クローバー。なんだこれは」

「……ハンバーグ」


 そこにあるのはハンバーグではなく、吸い込まれそうなほど真っ黒に染まった楕円形の塊だった。これがダークマターというやつか……


「とりあえず今日は俺が作るよ。クローバーは休んでて」


 俺がそう言うとクローバーは申し訳なさそうな顔をして、謝るのだった。


「……ごめん……なさい」

「いいって。体調悪いんだろ? 謝るのはこっちの方だ」

「でも……」

「いいから座ってろよ」


 俺は片桐を座らせ、そしてキッチンに置いてある食材を適当に切って、ぱぱっと二人分の夕食を用意した。


 ……そして夕食タイム。その時に俺は片桐に何かあったのかを聞いてみることにした。


「なあ、クローバー。ギルドハウスで何かあったのか?」

「……なんでもない。です」


 ……なんでもない、か。


 翻訳するなら、何かあったけど俺には教えたくはないということだろう。おそらくだが。


「とりあえず何か言ってみろよ。力にはなれないかもしれないけどな」


 俺がそう言うと、片桐は何かを発言しようとするものの結局口を閉じてしまうのだった。


 これは相当言いづらいことなのかもしれないな……


「……大丈夫だから言ってみろって。な?」


 俺なりに優しく諭してみると、片桐はゆっくり……ゆっくりと口を開いたのだった。


「……ホムさんは……なんの教科が好き?」

「は?」


 ……は? 何だそのクラス替え初日の隣の席の奴に質問する内容みたいなのは。絶対さっき言おうとしたやつじゃないだろ。


 ……まぁ答えてやるけども。


「数学だよ」


 俺はバリバリの理系であった。知りもしない作者の気持ちを考えるより、水溶液の濃度を考える方が何倍も楽だからだ。


 そんな俺に対して片桐は確か……


「ボクは……古典が好き」


 バリバリの文系だった。


 ──


 次の日も片桐は調子が戻らなかった。いつもみたいに「っすっす」言わないので、何だか俺の方が落ち着くことができなかった。


 そんな片桐からとある頼み事をされる。


「……ホムさん。お買い物に行ってきてほしいんですけど」

「買い物?」

「……はい。これメモ。……ミルドタウンに着いてから開いてくださいね」


 片桐は何回も折りたたんで小さくなった紙を俺に手渡してくる。


「え? なんで今開いちゃダメなの?」

「……いいから。絶対です。絶対に着いてからです。絶対です」


 どうしてそんなに念を押すんだ……? と思ったが、聞いても教えてくれそうにないので了承した。


「分かったよ」

「……はい。……お願いしますね」


 一瞬だけ、いつもの笑顔が見えた気がした。




 ──ミルドタウン──


 さて、ミルドタウンに到着したぞ。俺は早速紙を開いてみることにした……


 ──そこにはたった一行の文でこう書かれてあった。


 ──


 何も買わなくていいですよ。


 ──


 ……どういうことだ? ……意味が分からない。


 ……そして何だか非常に嫌な予感がする。


 気がついたら俺は、紙を握りしめて走り出していた。


 ──


 便利屋の扉を勢いよく開く。


「おい、クローバー!!」


 ざっと全体を見渡してみるが、そこには片桐の姿はなかった。


 ただ……1枚の紙がテーブルの上に置いてあるのに気がついた。


 俺はその紙の元へ向かう。


 そこには片桐らしくない雑な字で、手紙が書かれていた。当然読んでみる。



 ──

  ホムさんへ


 楽しい日々をありがとうございました。

 すっかりこの世界に馴染みましたね。

 健康に気をつけて野菜とかちゃんと取るんですよ。

 テカ草とか……ミル草なんかがおすすめです。

 バカなボクなんかとっとと忘れて、新しい人と一

 緒に生きていってください。新しい職業は

 早く決めるんですよ。そうだな……

 ざっと上げるなら、冒険者とか商人とか……あ、マ

 ルクさんみたいに怪盗なんかどうかな。か

 っこいいと思いますよ。

 優しいホムさんは心配するでしょうけどボクのわが

 ままで勝手に出て行ったので心配しないでね。


  クローバーより


 ──










「…………なんだよ……!! ……なんなんだよこれぇっ!!!!」

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