やっぱり冒険者も大変らしい(1)

 いつもと変わらぬ午後11時。食事を取り、入浴を済ませた俺と片桐はゆったりとしていた。


「ホムさんホムさん。今日のお風呂どうでしたか?」

「え? 普通に気持ちよかったけど」


 風呂は毎日片桐が用意してくれている。この世界はガスなど無いため、片桐が魔法を使って水を出して温めてくれる。そのおかげで俺も毎日風呂に入ることが出来るのだ。


 というかほとんどは片桐の魔法のおかげで、元の世界と同じような生活が出来るのである。本当ありがてぇよ。うん。


「実は今日のはいつもよりあったかーくしたんすよ!」

「へぇ、そうだったのか。確かに温かかったような気がする」


 風呂に入る順番は毎日、片桐→俺だ。だから俺が入る時に冷めている事もよくある。


 その時は俺が既に浴槽に入っていようと、片桐が浴槽に手を突っ込んで、熱を出して温めてくれるのだが……普通に恥ずかしい。片桐は温める時すごい楽しそうなのだが。


「前、お湯を温めてる時にホムさんが『最初からもう少し熱かったら2回も温めずに済むだろ』って言ってたのでそうしたんすよ」

「ああー。そんなこと言ってたね」


 片桐は記憶力が意外に良い。よく俺が忘れている事をしっかりと覚えていたりしている。


「……まぁーボクと一緒に入れば熱々のお風呂に入れますけどね」

「クローバーは時々ひゃっとする冗談を言うよなぁ」

「えっ、あ、あはは」


 と、そんな会話をしていると、どんどんと扉を叩く音が急に飛び込んできた。


「わっ! ……こんな時間に依頼人っすか?」

「もう深夜だぞ」


 片桐は「ちょっと見てきます」と言って扉を開いた。


「どちらさんっすかー?」


 そこにいたのは、銀色の鎧を身にまとった高身長で金髪の女性だった。左手には盾を持ち、頬には切り傷があることから冒険者だろうと予想できる。


「……すまない夜分遅くに。便利屋ホームズだろうか。依頼と言うか……相談みたいなものがあるのだが大丈夫だろうか」


 片桐は俺の方をチラチラ見る。入れるかどうかを俺に決めろということなのだろう。


 正直断ってとっとと寝たいのだが……どうやらこの時間に来たのも事情がありそうだし、帰すのも可哀想なので入れる事にした。


「大丈夫ですよ。入って下さい」

「すまない、感謝する」


 片桐はその女性を椅子の方へ案内する。その正面の席に俺は座り、その隣に片桐が座った。いわゆるいつものパターンだ。


 なんかこうやって依頼人が来るのは久々な気がするわ。軽い自己紹介をして、いつも通り尋ねてみる。


「俺はホームズ。隣がクローバーです。それじゃあ名前と依頼内容をどうぞ」

「私はミナトルだ。冒険者やっている。依頼内容だが……先程も言った通り相談みたいな物なのだが構わないか?」

「もちろん大丈夫ですよ」


 久々の営業スマイルをかます。が、眠いので目がほぼ開いてない。おじいちゃんみたいな顔になってそう。


 だがミナトルはそんな事など全く気にせず「助かる」と言って語り始めた。


 ──


 私は言った通り冒険者で、ジョブは盾士……敵の攻撃から味方を守ったりするのが主な役割なのだが……


 とにかく辛い。 辛いのだ!!!


 普通に敵の攻撃は痛いし!! それでも守れなかったらくっそ怒られるし!! 守ってやっても感謝の言葉もゼロだよ!!


 この間なんかは「お前討伐数0だから報酬半額な」とか即席パーティで組んだ変な奴に言われたけど! お前ら討伐数でしか物見れねぇのかよ!! 盾士の役割知らないの!?


 はぁ……何度この職を辞めようと思ったか。だが、辞めることは出来ないのだ。なぜか私は防御系の魔法しか使えず、マトモに攻撃を与えられないのだ。


 冒険者以外の道も考えたのだが……ロクに勉学に励んでなかったため、教養もなく店を開いたりなども出来ないのだ。


 死ぬまでモンスターに叩かれまくって、数少ない報酬で生きていくのかなって思うと……もう辛いのだ……


 これからどうしたら良いのだろうか……


 ──


 結構重い内容だった。ミナトルの悩みはファンタジー部分を除けば何だか現代人に近いものに思えた。低賃金重労働の冒険者……ブラックだな。


「……取り乱してすまない。……要するにこれからどうしたら考えてほしいのだ」


 ミナトルは顔を少し俯かせて呟く。


「うーん。まぁこの悩みはクローバーの方が答えを導き出してくれると思うんだがな」

「え、ボクっすか?」

「ああ。元冒険者ですげー魔法使いだったんだろ?」


 すると片桐はバツが悪そうな顔をした。俺の前ではこんな表情は滅多にしないため、すぐに気が付いてしまう。


「……それは……そうっすけど」

「ほ、ほら何か言ってやれよ」


 あまり冒険者時代のことを思い出させるのは良くないような気がしたので、もうそこには触れないことにした。


「そうっすね……ミナトルさんは見たところ立派な装備をしてますし……多分優秀な盾役と思うっすよ」

「本当か? 照れるな」


 ミナトルは頭を触る。


 確かにこんな何キロとしそうな鎧を着用しながら動けるのは、普通にすごいことだ。俺だったらすぐに潰れてしまうだろう。ぺしゃんこになる。


「でも、盾役が輝くのは他のメンバーあってこそっすよ。さっきの話で聞いたっすけど、即席パーティでクエスト受けてるんすか?」

「ああ。盾士は需要があるらしいからな。どこも不足してるらしい。さっきまで受けてたクエストも即席パーティだったからな」


 ミナトルの話を聞くと、片桐はうーんと唸って机をポンと叩く。


「即席パーティはやめた方がいいっす。本当に」

「何故だ?」

「ミナトルさんをただの肉壁としか思ってない人しかいないっすから」

「……ま、まさかそんなこと……」


 ミナトルは絶句している。多分この人はいい人なんだろうけど、人を疑うことを知らないのだ。


 しかし俺が驚いたのは片桐の方の言葉だ。『肉壁としか思っていない』とハッキリと言い切ったのだ。


「だからミナトルさんに必要なことはひとつ。しっかりと信頼できる仲間を見つけて、固定パーティでクエストを受けることです」

「……なるほどな」

「そしたらきっと、楽に戦うことができる……と思うっすよ」


 片桐の言葉は説得力のあるものだった。同じような思いでもしたことがあるのだろうか。


「うん理解した。明日から仲間を探してみるよ。アドバイス感謝する」

「いやいや、全然いいっすよ。もしよかったら探すのも一緒に手伝いましょうか?」

「何っ、いいのか?」

「いいっすよね、ホムさん!」


 片桐はこっちを向いて同意を求めてくる。


「いいんじゃないか? けどもう遅いから明日な」

「分かったっす。ミナトルさんはそれでいいっすか?」

「もちろん構わない。すまないな」

「いいっすよ別に! それではまた明日来てください!」

「分かった」


 そんな会話をして、ミナトルは帰っていった。


 ──


「それじゃあ寝るか。おやすみ、クローバー」

「……ホムさん」

「ん、どうした?」

「……大丈夫とは思いますけど……ボクの過去なんか知ろうとしないでくださいね」

「どういうことだ?」

「……なんでもないっす。おやすみなさい、ホムさん」

「ああ……おやすみ」

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