俺だってオフの日も必要なんだよ(4)

「さあ着きました! ここです!」

「家じゃん」


 エミリオに連れてこられたのは、少し大きな民家だった。ここが店なのか?


 エミリオは扉をノックしながら、大きな声で呼び出す。


「おーいフラワーさんー! お客さんですよー!」


 誰だよフラワーさんって。花の妖精?


 ……するとその家の扉がゆっくりと開き出した。


 眠そうな顔をした、白髪で耳が尖った小さな少女が家の中からやって来た。


「……どうしたのエミリオ。……こんな遅くに」

「すみません! ホームズさんが今すぐお花が欲しいってうるさくて!」


 ……ん? おい。俺そんなこと一言も言ってないんですけど。


「……そう」


 少女は囁くようにそう呟き、俺の方をじっと見つめてくる。


「な、なんだ?」

「……入って」


 家に入れということだろうか。


 フラワーさんは扉を押さえて開いたままにしてくれている。行かなければ。


 ……だが、俺にエミリオはついてくる気配がない。振り返って呼びかけてみる。


「エミリオ?」

「それではホームズさん。頑張ってください」

「え、ついてきてくれないのか?」

「僕は弟が待ってますので早く帰らないと……」


 あ、そう。まぁそう言われたら引き止めるわけにもいかないな。


「そうか。ここまでありがとな。じゃあな」

「はい、また!」


 そう言ってエミリオは手を振りながら帰って行った。




 さて……このよく分からない少女と二人きりなんですけど……何か気まずい。


「……はやく」

「あっ、はい」


 俺は家へと上がる。


「お邪魔します」



 ───


 そこは一般的な家と変わらなかった。


 ……花が多すぎる事を除けば。


 玄関の両脇に花。廊下に花。天井に花。花の独特な匂いが俺の鼻先を刺激する。花だけに。


 ……いや、多すぎだろ。植物園ですか?


 たまらず少女に尋ねる。


「あ、あのーこれって?」

「……私が育ててるお花。……室内でも育つの」

「そ、そうなんだ」


 俺は少女の後ろをついて行く。


 そしてリビングの様な場所までやって来た。もちろんここも花に囲まれている。


「……座って」

「はい」


 言われた通り花柄の椅子に座る。


「……で、どんな用なの?」

「えっ?」

「……お花。欲しいから来たのでしょ?」

「あっ、はい。そうです」


 なんかこの子と話してると敬語になっちゃうな……なんでだろう。


「……誰かに渡すの?」

「あ、うん。そうなんだよ。実はクローバーって言う俺の助手がいてさ……」


 別に隠しても仕方ないので、このフラワーさんに恩返しのことを全部話した。


 フラワーさんはあくびをしながら、俺の話に時々首を上下させて頷くくらいだったが、しっかりと聞いてくれていたようだ。


「……という訳なんだ」

「……そう」


 そう呟いてフラワーさんはこちらを見つめてくる。


「な、なに?」

「……あなたの名前。教えて」

「ホームズだけど……」

「……ホームズ。その人のことどう思ってる?」

「えぇっ?」


 何でそんなことを聞いてくるんだ? ……まぁ何か考えでもあるのかな?


  とりあえず答えることにした。


「うーん、結構ツンツンしてて……よく喧嘩したりもするけど……ホントは良い奴で優しくてさ、俺あいつにとっても感謝しているんだ」

「……そう。分かった」


 そう言ってフラワーさんは、立ち上がり出した。


「……ふぁあ。……今から用意するから。待ってて」

「あ、はい」


 ……そして数分後。


「……出来た」

「おおっ。すごいな!」


 フラワーさんの手には綺麗な赤色の花束が抱えられていた。その花はチューリップに似てる……が、花には全く詳しくないので合っている自信は無い。


「……はい」

「ありがとう」


 俺はフラワーさんから花束を受け取る。


「……この花の花言葉は……『幸福』『優しさ』『思いやり』」

「へぇー。いいね」


 あいつにとってもぴったりで似合ってると思う。


「そうだ、お金を払うよ」


 俺がポケットに手を突っ込むと、


「……いい」


 とフラワーさんは首を振った。


「えっ? 駄目だよ。こんなに素晴らしい仕事をしてくれたんだからさ、受け取ってよ」

「……」


 俺はフラワーさんに今日貰ったばかりのお金を全て握らせた。


 労働にはそれに見合う対価を。これ基本な。


 すると今まで無表情だったフラワーさんが、少し笑顔になった。一瞬だったが俺は見逃さなかった。


「よし、じゃあ帰るよ。ありがとな」

「……じゃあ。また……ね」

「本当にありがとな! バイバイ!」

「……んっ」


 フラワーさんは小さく手を振り返してくれた。


 ───


「ただいま。……ってまだ寝てるよな」


 宿屋に帰ってきたが、出ていく前と全く同じ状態の光景だった。変わらず片桐はぐーぐー寝ている。


 それを確認して俺はフラワーさんから貰った花束を小さな机に置いた。


 ……しかしうーんどうしようか。この花を片桐に直接渡したいが……いつ起きるか分からないしな。


 ならば置き手紙も書いておくか。


 ポケットに入っていたメモ用紙を取り出す。


 なんて書こうか……


 ───


 クローバーへ。いつもありがとう。これは気持ちだ。受け取ってくれ。


 ───



 ……こんなもんか。これを花束の下に置いて……っと。


 これでよし。それじゃあ俺も寝ようかな。


 俺は床に寝転がって、小さく丸まって震えながら寝るのだった。







 ───フラワーさんの家───


 眠たい目を擦りながら私は部屋中のお花に水をあげる。


 その時、ホームズに渡した物と思っていた黄色のお花が置いてあるのを見つけた。


「……ん?」


 そして水をあげようとした赤色のお花が無いことに気が付いた。


 もしかして……渡すの間違えてた……?


 ……花言葉の意味。『幸福』『優しさ』は黄色のお花のこと……


 あの赤色の花言葉は……『愛の告白』『真実の愛』だったはず。


 寝ぼけて渡す方を間違えてたようだ。





「……まぁいいっか」


 私は一通り水をあげると、また眠りにつくのだった。

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