同級生の相川さん

相川さんは中学校のクラスメイトだった。

男子とあまり話さない控えめな女子だったが、明るい性格で皆から好かれていた。僕は、相川さんに恋心を抱いている友達を複数人知っていた。


卒業式を控えた最後のホームルームで、将来の夢を1人ずつ語ることになった。

皆、非現実的な事を言って笑わせるか、極めて現実的な夢を語っていた。


「マザーテレサのもとで働きたいです」


いたって真面目に発せられた相川さんの言葉に、クラスが一瞬静まり返った。

いつも笑顔だった彼女が放った真剣な言葉が印象に残った。


卒業後、僕も相川さんも同じ系列高校に進学した。



「会社を辞めて県外に引っ越すから、これからの学費も生活費も全部自分でなんとかしてほしい」と突然両親から告げられたのは、高校3年生の秋。両親にも色々な理由があってのことだった。僕は進学する策を考えたが、一旦就職して数年間働き、学費を溜めてから高等教育を受ける道を選んだ。


高校1年の時から、夏休みと冬休みは自活するように言われていた。だから高校3年間、夏休みと冬休みは、父の会社と繋りのある都内の病院の職員寮に住み、入院患者の食事を運んだり、食器を洗うアルバイトをして過ごした。大変だったが、バイト先の人は皆優しく東京での生活は楽しかった。


取り合えず、高校卒業と同時にそのまま就職させてもらうことにした。

看護師のために用意された寮とは比べ物にならない程古く狭い寮だったが、夜学に通う苦学生も住む職員寮は、家賃がとても安くてありがたかった。

この病院は、働きながら勉強する若者を応援していた。


奇遇だが、400名近い従業員を抱える結構大きなこの病院の事務局長が、相川さんのお父さんだった。

「困ったことがあったら何でも相談しなさい。直接電話くれていいから」

……娘の同級生だからと僕に優しく接してくれた。

とは言え、病院の組織で事務局長は、院長、副院長に次ぐポジションで、経営を統括する立場だった。

向こうから声をかけられた時だけ笑顔で返事をしたが、皿洗いをしている一番下っぱの新入職員の僕からすれば、相川さんのお父さんは雲の上の偉い人だった。



ある日、高校の同級生3名が、働いている僕を見に来た。


「あっ、いたいた。ここで働いているって聞いたから見に来たよ!」


古島君、重田さん、そして相川さんだった。


ファッションに気を使う古島君は文系の大学生。ビシッと決めていて清潔感があった。重田さんと相川さんは同じ看護大学に進学していた。うっすらではあるが化粧をしている。

2人とも高校生の時と感じが違った。女子から女性になっていく彼女たちを見て素直に思った。『……なんか、綺麗だな』


僕は……

長いビニールのエプロンに白い長靴。残飯をバケツに入れ、台車で運んでいた。

朝5時半から勤務しているから、作業帽の下は寝癖のまま。急いで出勤したから顔を洗ったかどうかも覚えていない。

『この格好をみられるのは恥ずかしい。面白半分で見に来ないで』心の中でそう思ったが、3人は僕が仕事を終えるまで待っていてくれた。

それが嬉しかった。


ビリヤード(当時流行っていた。)をした後食事をした。お酒はまだ飲めない。


現役の大学生と、貯蓄に追われまだ将来が見えない僕。境遇は違ったが、会いに来てくれた優しい友達とのひと時、とても大切で楽しい時間を過ごした。



……自動車好きの僕。

相川さんのお父さんが、最近新車を買った事にどうしても興味があった。立体駐車場に停めらていた事務局長の新車を眺め、その走りを想像していた。

【トヨタマークⅡ3.0グランデG】3000㏄まで排気量がアップされた最高ランクのマークⅡ。僕の父のマークⅡより年式が7年も新しい。

『最新のトヨタ車はどんな乗り味なんだろう……』


医者が乗っている高級外車も駐車場に停まっていたが、当時僕は国産車に興味があった。



「相川さん、お父さん新車買ったでしょう、あれすごくいい車だよね」


僕の問いかけに相川さんは答えた。

「えー、そうなの。あんな高い自動車いらないって……家族で話してるんだよ」


『もしかして、事務局長は家族の反対を押し切って新車を買っていたのか。ひょっとしてかなりの自動車好きか』


そう思うと、雲の上の偉い人を少し身近に感じられた。


マザーテレサのもとで働きたいですと言っていた、奉仕的精神を持った相川さん。看護大学に進学し、夢へ一歩ずつ進んでいる彼女に、自動車の話をしてしまう自分。そんな自分の自動車好きに少し呆れた。


だけど……

『やっぱり僕は自動車が好きなんだ』



数年働いて学費を貯めてから、苦学生を始める予定の僕。……免許取得はまだ遠い。

『ああ、早く免許が欲しい』



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