前進あるのみ

僕の父は、会社の実質ナンバー2だった。普段口数が少なく、何を考えているのか分からない父だが、研究熱心な彼は、社員が3名しかいなかったときから会社の発展に貢献した。僕が小学校高学年になる頃には、70名を超える社員数を抱える会社になっていた。


社長は会社の3役(社長、僕の父、経理部長)の自動車の駐車場所にこだわった。社門を入り工場の目の前、一番目立つ場所に左から順に3役の車が並ぶようにした。

見栄だったのかも知れない。



社長の自動車は当時トヨタの最高級車、白のクラウン。経理部長の自動車は同じくトヨタの高級車、白のクレスタ。2台に挟まれて緑色のワンボックス商用車、ライトエースが駐車してある。これが父の自動車だったのだが、両脇の2台とはあまりにも違い過ぎた。


ライトエースは4ナンバー車。前後ベンチシートで、乗り心地など考えられていない。いわゆる板サス(トラックと同じサスペンション)だった。僕たち3兄姉を全寮制の中学校に入れるため、荷物を運ぶのが目的で中古で購入した車だった。

ミニバンブームが来る少し手前の時代だ。


高速道路を走った後、父は「頭が痛い」と言ってすぐに寝ていた。

4速コラムミッション、排気量は1200㏄しかなかった。

この自動車は、兄が中学に入学してから僕が中学を卒業するまで、約7年間活躍した。僕が中学を卒業する頃にはとっくにミニバンが主流になっていたが、3人の子供を私立中学に入れるには、大変な金額が必要だっただろう。父が自動車を変える事は無かった。



僕が中学校を卒後してからも、しばらく父はライトエースに乗っていた。

しかし、古い商用車はバックギアが入りにくくなる程老朽化していた。


父は「前進あるのみ」と言って運転していた。


どうしてもバックが必要な時は、「お願い、入って」と父は祈りながらギアを引いた。「ギギギギー」という音とともにギアが入ると、同乗していた家族は皆安心した。


高校1年の夏、父はとうとう自動車を変えた。

トヨタマークⅡだ。(中古車だったから、正式にはまだコロナマークⅡ)バックギアの入らないライトエースから乗り換えると、その走りは別世界だった。

直列6気筒のエンジンは静かで滑らかだった。



JRに乗ると、父の会社がはっきりと見える。

社長と経理部長の車に挟まれて、シルバーのマークⅡが駐車されている。電車の窓からそれを見て、なんだかほっとしたのを覚えている。

『やっと様になった』


でも……

状況にもよるが、「前進あるのみ」はいい言葉だと今でも思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る