臆病な言葉と、愛のメッセージ。

井澤文明

また明日、学校で

 ぐるりと、私は幼馴染の部屋を見渡す。

 部屋にはお菓子の包装紙にティッシュといった、大量のゴミが散乱していた。ゴミ屋敷という程でもないが、誰が見ても汚いことは確かだった。

 そんなゴミで埋まった床を飛び越え、私はベットにダイブする。

 そしてベットに沈みながら、あの子幼馴染の優しい、ふんわりとした香水と、癖になりそうな体臭を嗅いだ。

 ポケットからスマホを取り出し、時間を確認する。


 時刻は、午後七時半。


 あの子は一体、どこへ行ったのだろう?

 私の問いに、すぐ答えが浮かぶ。嫌な、目も向けたくない答えが。きっとあの子は、あの子がやっとの思いでゲットした、憧れのイケメンな彼氏恋敵と一緒なのだ。


 ぎりっと、奥歯が鳴る。


 私はSNSを開き、あの子が何をしているのか、確認する。

 あの子は三分前に、新しい動画を投稿したようだ。緊張したせいで冷えてしまった指先で、画面をタップする。そしてそこには、カメラへ満面の笑みを向け、笑い転げる、愛するあの子がいた。


 かわいい。


 心臓がとくんと高鳴り、顔も自然とにやける。

 あの子のえくぼ。あの子の赤らんだ、柔らかな頬。あの子の艶やかな黒髪。あの子の整った白い歯。あの子の転がる鈴のような、心地よい笑い声。あの子の恥ずかしそうに、顔を両手で必死に隠す、愛らしい姿。あの子の全てが。全てが。すべてが。ただただ、愛おしい。狂おしい。私の枯れた肺が、あの子の香りでいっぱいに満たされる。

 だが、あの子の笑い声と重なるように、低い男クソの笑い声が響いて、幸せなあの子と私だけの世界が終わる。


 あの子のえくぼも、柔らかな頬も、黒髪も、白い歯も、笑い声も、すべてが。すべてが、私には向けられていない。すべて、あの男のためにあるのだ。あの子の瞳に、私は映っていないのだ。

 いつもこうだ。こうなのだ。

 私の方が、あの子を知っているのに。あの子を愛しているのに。こんなにも想っているのに―――。

 いつもいつもいつも、あの子は、私を見ない。振り返ってくれない。いつまでたっても、仲良しな親友二番手のままなのだ。

 そんな私をあざ笑うかのように、恋敵はバカみたいに笑い続ける。


 想いに任せて、私はあの子に送る。愛のメッセージ臆病な言葉


「今から会える?」


 すぐに既読がつく。返事が来る。


「ごめん💦

「今彼氏といるからムリやわ。

「また今度会おう!」


 ぎりっと、奥歯が鳴る。

 じわっと、涙が溢れる。


 私に、女を象徴するすべてがなかったなら―――。

 ああ、私が、男だったら。そう男なら、あの子は彼氏アイツを捨てて、私といるはずなのに。ああ、私が男だったら。男だったなら。

 男だったら―――。


「好き」


 そんな言葉も、苦もなく、ぽろりと言えるのに。

 そんな私の心の叫びに、あの子は答えてくれない。


「私は愛することを許されていません」


 スマホに住み着く人工知能の機械的な返答が、ゴミだらけなあの子の部屋住処に響くだけだった。

 あの子の笑顔と笑い声が、脳裏に焼き付いて離れない。


 ―――もう、帰ろう。


 ぎりっと、奥歯が鳴る。


「じゃあ、また明日、学校で」


 既読は、まだつかない。

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臆病な言葉と、愛のメッセージ。 井澤文明 @neko_ramen

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