第60話 父と母というもの

 いなりと過去に会っていた。あまりにも衝撃的すぎる事実に言葉を失った。


 絶句し、口を開け放しにした俺の違和感に気づいたのか、母さんは俺の顔を覗き込んだ。


「どうしたんだい? 馬鹿みたいな顔をして。親の顔を見てみたいもんだ。……あ、私か」


 母さんは俺をディスりつつノリツッコミをして自らの頭を叩いた。


 てへっ。と笑っている母さんに、なんて面白いんだ。と、感心したように母さんを見る親父。


 俺が真剣に驚愕してる中、うちの両親は仲睦まじい。


「……いや、ちょっと驚いた事があってさ。本当にいなりって言ってたのか?」


 まあ、母さんのノリツッコミで少しだけ気分がほぐれた俺は、教えてもらった内容が本当に正しいのか聞き返した。


 まず間違い無いんだと思う。でも、信じられないんだ。


 全く覚えてないからこそ、驚きが抜けない。


「間違いなく、いなりって言ったかな。まずいない名前だもん。忘れないし、忘れられない名前かな。……でもどうしたんだい? 食いつくじゃない」


 俺があまりにも尋ねるものだから、母さんが少し怪しむようにジロリと俺を見る。


 母親特有のセンサーというか、もしかしたら俺の重大発表癖のせいで少し疑ってるのかもしれない。


 まあ、重大発表癖指摘された直後にほんとにしちゃうとか恥ずかしいから誤魔化す。


「い、いや、そんな意外性のある名前驚いて食いつくだろう」


「まあ、確かにそうだね」


 どうやら誤魔化せたらしい。


 俺の弁明に、母さんは納得したように頷いた。


「いなりといえば、稲荷神社だよね」


 いなりという名前でハッとしたように親父が会話に入ってきた。


 まあ、確かにこの辺りの人間なら稲荷神社を連想するはずだもんな。


「そういえばそうだね。あんなにオンボロなのに、ご利益だけはめちゃくちゃあるらしいから今じゃパワースポット? ってやつになってるらしいじゃないか」


 母さんは親父の意見に同意して、稲荷神社の話題にシフトしていく。


 稲荷神社はパワースポットらしい。知らなかったが、俺にもご利益はあったし納得だ。


「あそこは縁結びで有名だからね。尋も行ったらどうだ? 父さん孫が見たいなあ」


「い、いやいやいや、ちょっと急すぎる!」


 母さんだけが鋭いかと思いきや、親父もなかなかに鋭い事を言ってきた。


 あなたの息子はもう縁を結ばれております。なんなら孫もまもなく見れると思います。……と、喉まで出かかったがぐっと飲み込んだ。


 そして、全力で否定をしておく。


 まあ、多少いじられはしたものの、とてつもない収穫を得られたとは思う。


 少なくとも、夢の事といなりの事を知ることが出来た。


「まあ、お前がどんな縁があって結婚しようが、お前が決めた相手に悪い人はいないと思ってるよ。むしろお前を選ぶような人だ、見る目があるに決まってる。だからお前はお前を結んでくれた縁を大切にしなさい」


 親父は俺を見ながらにっこりと笑って、俺の未来の嫁をべた褒めしてくれた。


 だからか、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。


 俺はきっと、いなりと、神様と結婚する。


 変な言葉遣いで喋るし、常識もないし、俺に対して暴走しちゃう変わり者だ。


 親父と母さんに説明しようと躊躇ったのは恥ずかしいからという気持ちが常に先行していた。


 それはきっと、照れもあるけど、反対されるかもしれないという思いがあったのだと思う。


 だけど、その気持ちも少しだけなくなりそうだ。


 今度、必ず紹介しよう。


「ああ、絶対素敵な人を連れて帰るよ」


 たった一言、悩んでた事が馬鹿らしくなるくらいすんなり言えた。


 他の人からすれば言えてるうちには入らないかもしれないが、うじうじ言うべきか悩んでいた俺にとっては大きな一歩だ。


 親父と母さんは、俺のその一言で優しく微笑んでくれた。

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それは私のおいなりさん〜嫁いで来たのは最強に可愛い神様でした〜 藤原 悠有 @fujiyu00

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