第59話思い出した事

 気まずい沈黙を破ったのは親父だった。


「確か、コロを拾って来た時は尋がずぶ濡れになって帰ってきたんだよね。あの時はびっくりしたなあ。あ、コーヒー机に置いとくよ」


 親父は懐かしむようなそんな声で、コロを拾って来た時のエピソードを話しながら、入れたてのコーヒーをテレビの前の机に置いた。


 そして母さんの横に座って、コーヒーを一口啜っていた。


「そうそう。髪の毛の先から靴の中までこれでもかって程ビッショビショに帰ってきてね。手にはコロの入った段ボールも持ってたし、あの時は焦ったもんさ」


 母さんもまた、昔を思い出しながらコロを拾った時の俺の様子を話し始めた。


 コロを拾った時の俺はなかなかにヤンチャな事をしていたみたいだ。


 髪の毛の先から靴の中までビショビショとか何をしたらそうなるんだ。


「聞けば、川で溺れてた人とコロを助けてたって言うんだよ。それを聞いた瞬間、どんだけ血の気が引いたことやら。当時五歳のあんたが服着たまま川に飛び込んで犬と人救ってたなんて言い出したからね」


「し、心配かけてすみませんでした……」


 当時の俺はヤンチャ通り越して無鉄砲だったようだ。


 母さんの話すエピソードは、母さんじゃなくても心配になってしまうようなものだった。


 思わず昔の事なのに謝罪をしてしまうくらい、当時の俺はひどい。


「話を聞けば、同じ年の髪の毛が黄色い女の子を助けたんだと言っていたよ。でもね、近所にそんな人はいないし危ない事をしてしまったから嘘をついたんだと思ってたしね」


「! か、母さん、その髪の毛が黄色い女の子の事を他になにか言ってなかったか?」


「コロをその子が助けようとして、その子も溺れたから助けたと言ってたね。それで、震えながらずっと謝ってたよ。……だからね、近所にその子はいないし、嘘をついたとその時は思ってたけどね。きっとあんたはその子を助けたんだろうね。私はそう思うよ」


 今の母さんが話してくれた話を、俺は全く覚えていない。


 とてつもなくインパクトがある話にも関わらず、断片的にも思い出せない。


 これは、一体なんなんだ? なんで思い出せない? 俺の見た夢は、俺に何を伝えようとしているんだ?


「か、母さん。他に、他にはなにか言ってなかったか? なんでもいいんだ」


「そんな必死になってどうしたの? 他に他に……うーん」


 すがるように母さんに他に何かを思い出せないかを問いかける。


 このモヤモヤを晴らす為にはもう少し、何でもいいから情報が欲しい。


 母さんは首を捻って目を瞑り、思い出すように唸った。


「あっ」


 そして、一言思い出したように声を漏らして目を開いた。


「そうそう、確かいなりっていう黄色の髪の毛の女の子を助けたって言ってたかな」


 母さんはスッキリしたように、思い出した事を俺に教えてくれた。


 その内容はあまりにも衝撃的で、鈍器に殴られたような鈍い衝撃が、鈍く残った。

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