第57話久しぶりの実家
「巣山さん、ありがとうございます。スッキリしたっす」
阿佐は目を真っ赤に腫らして、鼻水を垂らしながらにっこり笑う。
すっかり涙は出たのか、その顔はどこか晴れやかだ。
俺の作業服の胸元はびしょびしょになっているが、阿佐の涙を受け止めてくれたみたいだ。
「そうか、それならなによりだ」
「はいっす。明日からは改めてよろしくっす」
「ああ、勿論だ。お前は俺の大事な後輩だからな。お前も遠慮なく来いよ」
「勿論っす。なんなら、ワンチャン、巣山さんが別れたりしたら後釜狙ってやるっす」
阿佐も調子が出てきたようで、図太い事を言ってのける。
いなりと別れる事はないだろうけど、まあ、今はそれを言うまい。
「縁起の悪い事を言うんじゃない」
「あいたっ」
俺は阿佐のおでこにデコピンをして嗜める。
阿佐はどこか嬉しそうに口元を緩めて、おでこを撫でていた。
「よし、帰るか」
「帰りましょうか」
俺と阿佐は機械室を出て行く。入る時の重い足取りが、今ではすっかり軽くなっていた。
阿佐と別れてから、俺は実家へと車を走らせる。
一つ予想外のイベントが終わり、更に大きなイベントに立ち向かわなければならない。
音楽をかける気分でもなく、無音の車内で、俺はコーヒーを口に含んだ。
一応ラインは送っておいたけど、突然帰って親父達はなんて言うのだろうか。なんて言って帰ろうか。
何を聞こう。ずーっと考えながらアクセルを踏み続けた。
そして、たどり着いた実家。盆休みや正月しか帰ることはなくなってしまったが、さて、何を話そうか。
俺は実家の前に車を止めて、未だどうやって入ろうか決まってない。
いきなりいなりの話をしようか。そんな事をすれば親父が高血圧で死んでしまうかもしれん。
もしくは母さんがはっちゃけてしまって、お赤飯を炊き始める可能性もある。
一体どうしたもんか。
車内で悩んでいると、無音の車内に急に鳴き声が微かに届いた。
その声は車内だからか音自体はそこまで大きくはないが激しい。
ワンワンワンワン! と鳴き続けてるその声は。
俺は車から降りると、犬小屋に繋がれたリードを俺の車の方向めいいっぱいまで伸ばし、俺の車の方向に吠え続ける犬に注がれた。
「よっ、久しぶり」
「ワンワン!」
元気に尻尾をブンブンと振って、リードがなければ今すぐに俺に飛びつかんばかりにこっちへ駆けている芝犬。
すっかり老犬のはずなのだが、こいつは元気で長生きだ。俺はしゃがんで抱き寄せると、思い切り舐められた。
うげえ、熱烈な洗礼だ。
「おーい、どうしたコロ。最近元気なかったくせに吠えて。……ん? どうして尋がおるんだ?」
あまりの吠え声に異変を感じたのか、玄関からハゲ頭が顔を出す。
コロと、犬の名前を呼びながら出た瞬間、ハゲ頭の主俺の親父は目を丸くして俺を見つめた。
「よう、ただ今。久しぶり。ちょっと聞きたいことがあってさ。入ってもいい?」
特にまだ、何を話そうか決まってなかったのだが、出てきたものはしょうがない。
俺は覚悟を決めて、話を切り出した。
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