第31話神様も自撮りをする時代
俺は皿を洗い、いなりはスマホと格闘する二十一時。
スポンジが皿を擦る音と、いなりが時折呻くような声を漏らす音のみが響くダイニング。
いなりが来てからはじめてかもしれない、我が家がこんなに静かだなんて。
静かなのが当たり前だったんだけどな。なんて思いながら、悪戦苦闘するいなりを見つめて微笑む。
今は漢字の変換や、平仮名に濁音半濁音をつけるのを練習している。
運動会の時、子供の頑張りを見つめるお父さんってこんな感じの気持ちなのかな。
なんて、そんな事を思っていたら、風呂が沸いたとダイニングにアラームが鳴り響く。
皿洗いもちょうどキリは良いが、いなりはどうするかな。
「いなりー、お風呂どうする?」
「ちょ、ちょっと忙しいから、さ、先入ってて欲しいのじゃ!」
何を動揺してるのかはわからないが、いなりはどもりながら俺に先に風呂に入るよう促す。
不意に声をかけたから驚かせてしまったかな。
申し訳ない事をしたなと反省しつつ、許可も出たので風呂に入る事にする。
俺は最後の皿を乾燥機に入れてスイッチを入れると、タオルで手を拭いて風呂場に直行した。
とは言っても、いなりが乱入する事はなくただただ頭と身体を綺麗サッパリ洗って湯船に浸かるだけ。
一日の疲れをたっぷりのお湯で溶かしきった俺は、ほかほかの状態で風呂から上がった。
「お先ー」
パジャマに着替え髪を乾かした俺は、ダイニングに戻りお茶を入れながらいなりに声をかける。
「わ、わかったのじゃ。次もらうのじゃ」
……なんでまだ動揺してるんだ?
流石に俺がダイニングに来た時点で動揺する要素はないと思うんだが。
なにやら挙動不審なまま風呂場へ向かういなりの背中を首を傾げて見つめるが理由はよくわからない。
なんだったんだろうなあ。と思いながらお茶を飲んでスマホを開くとラインに新規の通知が来ていた。
誰だこんな時間に。業者か?
俺はコップを流しに置くと、普段めったにラインなんて来ない自身のスマホの通知に不信感を抱きつつラインを開く。
すると、いなりのトークが来ているとの通知だった。
いなりが? なぜ?
理解はできないが、来ている以上は何か送って来たのだろう。
俺はその何かを確かめるべくトーク画面を開くと、そこには画面いっぱいに映るいなりの顔があった。
今日俺が撮ったものでも寝顔のものでもない。
頬を赤く染めてはにかんでいる、世間一般でいうところの盛れたいなりの姿がそこにはあった。
この手の感じ的にはおそらく自撮りだろう。
最近の神様はスマホで自撮りも出来るようになったらしい。
教えた俺がこんな事思うのもなんだけど、神様の自撮りってまあまあのパワーワードだよな。
しかしまあ、この写真……。最高じゃねえか。
被写体がいいのはもちろんだけど、この照れたような笑顔、最高かよ。
もちろん音速で保存して、ニヤニヤと眺める。
いなりがお風呂から上がったら撮った経緯を聞いてみるか。
俺はいなりの笑顔を眺めつつ、寝室にていなりの真意を悶々と待つのであった。
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