第30話いなりは文明の利器に染まっていく
「尋! ついに【っ】を打てるようになったのじゃ!」
嬉しそうにスマホの画面を見せつけるいなり。
画面はラインのトーク画面が開かれており、『つうわうれしかった』と全部平仮名で書かれた文が並んでいた。
通話のあとはトーク。いなりはどんどん文明に染まっていく。
「おー、使えるようになってきたなあ」
「うむ。これはすごく便利じゃな。こっちで送ったらそっちで見えるんじゃからな」
「そうだな。あと、文字だけでなく写真も遅れるんだぞ」
「写真?」
「おう。えーっと、こいつがいいかな?」
いつか撮ったいなりの寝顔の写真をいなりとのトークに送る。
文字よりも少しだけ時間をかけて、投稿完了した。
「な、なんじゃ!? 妾がおる!」
すぐさま既読がついて、いなりが驚きの声をあげる。
自分の顔が急に現れたのがすこぶる衝撃的だったのだろう。
カッと目を見開いて画面に釘付けになっていた。
「これが写真というやつなのか?」
「ああ。人、風景、物、なんでもその瞬間を残す事が出来るんだ。ほら、今でもな」
説明しながらカメラのアプリを開いていなりに向ける。
困惑した様子のいなりを画面に収め、シャッターボタンをタップした。
小気味よいシャッター音がなり、写真が保存される。
俺はその写真を開くと、いなりの方へ画面を向けて見せてあげた。
「え? わ、妾じゃ! すっ……ごいのじゃ!」
いなりは驚きのあまり、物凄く溜めてすごいと叫ぶ。
それほど衝撃的だったのだろう。
いなりはスマホと出会ってから叫んでばかりだ。良い意味で。
「すごいだろ? 本当に便利だからな」
「尋! 妾、妾も撮りたいのじゃ! 何を押したらいいのじゃ?」
「いいぞ。まずはこのマークをだな」
いなりは自分もしたいと教えを請うたので、俺は二つ返事で了承すると、いなりのスマホ画面のカメラアプリを指差す。
タップした瞬間カメラアプリが立ち上がり、画面にはレンズの覗いてる景色が表示された。
「それで、撮りたいものの方向にこのレンズを向ける。あとは、画面の白い円を押したら写真が撮れるぞ」
「ほうほう、なるほど! わかったのじゃ」
いなりは俺の説明に馬鹿真面目に頷き、一通りのレクチャーを聞き終えると早速スマホを動かし始めた。
あちらこちらを向きながら、時々声を漏らすいなりを微笑ましいなと思い笑顔で見つめてしまう。
買って良かった、こんなに喜んでもらえるなんて。
目を細めて眺めていると、不意に俺に向けてシャッター音が鳴った。
「やっぱり、妾の撮りたいものの方向は尋なのじゃ」
いなりが屈託のない笑みを浮かべてそんな事を言うもんだから、俺は照れてしまう。
通話の時といい、いなりは俺を照れさせる天才だな。じゃあ、俺もいなりを照れさせてやる。
俺はカメラアプリを立ち上げると、いなりに向けるではなく、インカメラモードに切り替えた。
そして、いなりに近付いて後ろから抱き寄せる。
「なっ!」
いなりは恥ずかしそうな声をあげたが、俺も照れている。お互い様だぞ。
二人して顔を赤くしているこの瞬間を、俺はインカメラにしたカメラアプリで撮った。
シャッター音が鳴り、保存された写真はなんともまあ甘い事この上ない。
二人とも照れてる癖に口角が緩みきっているのだから。
「いなり、こんなん撮れたけど、いる?」
「いるのじゃ」
聞くまでもなかったな。
顔の赤い二人は、写真を見ながら微笑みあった。
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