第29話いなりとはじめてのスマホ

 山盛りにあった晩御飯は瞬殺で、気持ち的には二キロくらい太ったな。なんて考えてしまうくらいの満腹感。


 あっという間に空っぽになった皿を見て、いなりは満足そうに笑った。


「結構作ったんじゃけど、空っぽじゃなあ。足りたかのう?」


「美味しすぎたからね仕方ない。それに、満腹だ。最高の気分だよ。ごちそうさまでした」


「それは良かった。お粗末様じゃ。本当に作り甲斐があるというか、尋がたくさん食べてくれると、妾お腹だけじゃなくて心も幸せで膨れるのじゃ」


 いなりはえへへと笑いながら空いている皿を重ねていく。


 俺もそれを手伝って、皿を流しまで運んでいった。


「いつも作ってくれてありがとうな。いなりのご飯美味しかった。皿はあとで洗うから置いておいてくれ」


「いいのかのう、尋は仕事しておったじゃろ? 妾なにもしておらんぞ?」


「いなりも洗濯とかしてくれてるじゃないか。すごくありがたい。それに、今からちょっとしたい事あるからいなりも見てて欲しい」


「したい事?」


 いなりはキョトンとした顔をして聞き返してくる。


 俺は皿を置いて手を洗った後、今日買ってきた電気屋の袋を開いて、スマホと格安シムを取り出していなりに見せた。


 いなりはそれが何かわからないようで首を傾げている。


 花嫁修業とは関係のない家電はやっぱりわからないか。


「いなり、これはスマホってものだ」


「すまほ?」


「ああ。これがあると、なんと! 離れてても俺と話ができるんだ」


「へー、そうなのか。……ってなんじゃとおおおおおお!?」


 え? リアクション薄くない? と思った瞬間大きな声を上げ期待通りのリアクションをするいなり。


 口をあんぐり開けていて、ちょっと馬鹿っぽくみえてしまうがそれくらい衝撃的だったんだろう。


「ちょっと設定をするから、それが終わったらやってみようか」


「うむ、早くな。そんな便利なものがあるんじゃったら、早くしたいのじゃー!」


 いなりの興奮は最高潮に達しており、せっつくようにキラキラした瞳で俺の肩を揺さぶる。


 喜んでもらえて良かった。


 俺はいなりのその興奮ぶりに買って良かったと思いながらスマホとシムカードの設定を始めた。


 店員さんに聞いた事を実行して三十分程度。なかなか悪戦苦闘するかと思っていたが案外すんなり行けたものだ。


 ラインをインストールして、いなりの名前で登録後俺を友達追加する。


 これで、設定としてはいけたはず。


「ほれいなり。これで離れていてもお話する事ができるぞ」


「おお……。妾はとんでもないものを手に入れてしまったのじゃ……。ど、どうしたらできるんじゃ?」


「んじゃやってみるか」


 スマホを持った影響か、興奮を通り越して挙動不審になるいなりに、まずはラインの使い方をレクチャーしていく。


 とはいっても習うより慣れろだろう。


 俺はラインに追加したいなりのアイコンをタップすると、通話ボタンを押した。


 その瞬間、軽やかな音楽が部屋に鳴り響き、いなりがびくりと震えてあたふたしだす。


「な、なんじゃ!? 尋、こいつ鳴いておるぞ!?」


「その音楽が鳴ると俺から話しかけてきたよーって合図だ。で、赤いボタンと緑のボタンが画面に表示されたと思うから緑のボタンを押してくれ」


「み、緑? これかのう……」


 いなりは、俺の指示通りに恐る恐る画面に表示された緑のボタン通話ボタンを押す。


 俺のスマホは通話中に変化したから問題なく通話できると思って大丈夫だろう。


「んじゃ、今から会話を。って思ったけど、いなりは人間の耳はあるのか?」


「ん? ああ、狐状態の耳を引っ込めたら出てくるぞ」


「じゃあ、そうしてくれる? んで、今の俺みたいにスマホを当ててみてくれ」


「わかったのじゃ」


 いなりは狐耳を引っ込めて、俺のジェスチャー通りにスマホを耳元に持っていく。


 未だどこか挙動不審だが、その目は期待に満ちているようだ。


 さて、じゃあ期待に応えてみようか。


「もしもし」


「! ひ、尋の声じゃ! こっちからもこっちからもしたー!」


 たった一言。ただそれだけでいなりのテンションは爆上がりしたようだ。


 俺とスマホをキョロキョロ見比べて、満面の笑顔を浮かべている。


「いなりがそのまま話しかけたらお話できるぞ。試しに寝室に行ってみようか」


 俺の提案にいなりがコクコクと頷いたのを確認して、俺はダイニングを後にする。


 廊下を隔て、寝室についた俺は再度スマホに声をかけた。


「もしもし」


『き、聞こえるのじゃ! この部屋に尋がいないのに! これは、なんて物を手にしてしまったのじゃ……』


「大袈裟だなあ」


『大袈裟なものか。家でも尋が感じられて離れていても尋を感じられるなんて幸せ以外のなにものでもないわ!』


 ……またそういう事いう。


 天然で恥ずかしい事をいういなりに、俺は一つ決意をした。


 人前でいなりに電話かけられねえ。


 いまだ興奮さめやらないいなりは、天然で俺を辱めながら二十分程会話を続けた。

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