第13話フクリのたまこ
左手には五分程前に買ったホシノバックスのショートサイズのコーヒー。右手にはいなりの掌。
幸せを両手で感じながら、エオンを歩く。
いなりはグランデの新作チョコレートケーキフラペチーノという胸焼けしそうなフラペチーノをえらい勢いでぐびぐび飲んでいた。
俺のコーヒーより早く飲み終えそうだ。……あ、飲み終わった。
あっという間になくなったフラペチーノに、女の子の甘いものは別腹の意味を知る。
「美味しかったのじゃー!」
いなりは満足そうに俺に微笑み、サムズアップした。
いなりが嬉しそうでなによりです。
俺もつられてコーヒーを飲み干すと、そっといなりの手を離した。
「え、なんで離すのじゃ?」
「ゴミ箱そこにあるから空いた容器捨ててくるよ」
俺はいなりの空いた容器を受け取り、通路脇にあるゴミ箱に空になった容器を二つ捨ていなりの元に戻る。
いなりはなぜかにやにや笑って待っていた。
「なにをにやにやしてるんだ?」
「いや、尋のそういうさり気ない優しさみせられると、妾キュンとしちゃう」
「なっ」
にやにやしながら惚気られ、思わず赤面してしまう。
今のは不意打ちだ、無意識でやったことを意識させられるのってこんな恥ずかしいのか。
「い、いじるんじゃない」
「えー? 本当の事なんじゃけど」
「恥ずかしいから。ほ、ほら、あの店入ろう。服も買わないと」
話を強制終了させて、いなりの手を引き適当な服屋へと入っていく。
名前もなにも見てないが今はそんな事を気にしてられない。
勢いで入っていき、すぐさまその異様な視界に足を止めた。
入った店はカジュアル系、モード系、原宿系、コスプレ系その他諸々と、様々な服がてんこ盛りの異様な雰囲気を醸し出したお店だった。
なんでワンピースの横にナース服が置いてあるんだ?
これは変な店に入ってしまったかもしれない。
「いなり、この店で……」
「おー、なんじゃこれ! ヒラッヒラじゃのう」
この店出ようと言いかけた俺を知る由もなく、いなりは興奮気味で店にあったメイド服を手に持って目をキラキラと輝かせていた。
だからなんでそんなんがあるんだよ。
俺は頭を抱えつつも、メイド服を着たいなりを想像し、あってもいいなと頭を切り替えた。
可愛いは正義だからね、仕方ない。
「どう? 妾これ似合う?」
メイド服を当てがいながらニコニコで俺に聞いてくるいなりに、可愛いに決まってるだろ! いい加減にしろ! と叫びたい気持ちを抑える。
落ち着け。クールになるんだ。
確かにいなりは可愛い。これを着たいなりなんて絶対に可愛い。
だが、ここで叫んでお店の迷惑になるのは避けたい。
そう、落ち着いて似合うと思うよ。って言うんだ。
「似合わないかなあ? 尋の好みだと嬉しいんじゃけど」
「似合うに決まってるだろ!」
ダメだ、我慢出来なかったわ。
俺の好みだと嬉しいなんて言われたら我慢出来るだろうか。いや、出来るわけがない。
「あー、すまんがイチャつくなら店の外でしてくれるか? 胸焼けしそうだ」
騒がしかったのだろう、店の奥から黒髪ポニーテールの女性が切れ長のその目で俺を睨んで仁王立ちしていた。
店にある青いワイドパンツと黒いシャツを着こなし、胸にはネームプレートが付いている。
恐らくはこの店の店員さんだろう。
「ああ、すみません、ご迷惑をおかけしました」
「本当にいい迷惑だ。彼氏がいない私への当てつけか?」
店員さんの溢れ出る本音とともに注意される。
当てつけのつもりもないしあなたが彼氏いない事を知らなかったです、はい。
「当てつけなんて滅相もないですよ。ただただこの子に服を買おうと思って。そうだ、店員さんこの子に服を見繕ってもらえませんか?」
店員さんの当てつけだろうという邪推を否定し、服を選んでもらう手伝いを依頼する。
俺が可愛いと思うのを着たいといういなりと、いなりが可愛くてなんでも似合うという俺が選んだらとんでもない事になると思ったからだ。
「この子って……いなり?」
「そうそう、いなり……え?」
あれ? 俺いなりの名前言ったっけ?
店員さんがいなり? と言いながら指差してるのはひとまず置いといて、なんで知ってるんだ?
「……もしかして、たまちゃんかのう?」
いなりが自信なさげにたまちゃんと店員さんに呼びかけると、店員さんはコクリと頷いた。
「そうだ、久しぶりだな。あと、お前ははじめましてだな。私は
どうやらいなりの知り合いらしい店員改めたまちゃんは、キャラの濃い自己紹介をしニヤリと微笑んだ。
フクリのたまこ……。ちょっと続けて読むと危ないな。
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