第12話いなり、はじめてのショッピングモール

「着いたぞ」


 到着したエオンというショッピングモールの駐車場でいなりに声をかける。


 いなりはソワソワして落ち着かない様子。


 その目はエオンに釘付けで、左から右へ。右から左へキョロキョロ動いていた。


「降りようと思うが、その、耳は尻尾みたいに隠せるのか?」


「そそ、そうじゃな! ジロジロ見られるのも好かんし隠しておくのじゃ」


 俺の指摘に慌てながらいなりは耳を隠した。


 隠す事を忘れるくらい興奮してるんだな、可愛らしいもんだ。


 今のいなりは金髪のロングヘアーで、ダボダボの俺のロンTとジーンズにサンダルというちょっとヤンチャ娘のような出で立ちになっている。


 ここからどう変身するか、楽しみでもある。


「さあ、行こう」


 俺はいなりを促して車から降りると、入り口の方へと歩き出した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「こ、ここ、ここがショッピングモールというやつかー!」


 自動ドアをくぐり抜けた瞬間、興奮が最高潮に達したいなりがキョロキョロと辺りを見渡しはじめた。


 まあ、車の時点でソワソワしてたもんな。


 さながら、お年玉をもらった直後におもちゃ屋さんに連れてきてもらった子供のよう。


 俺は特に真新しいとは感じないが、いなりからすれば新鮮なんだろう。


「あれ、あれはなんじゃ?」


「あれはホシノバックスというカフェだな。飲み物が飲めるぞ」


「じゃあ、あれはなんじゃ?」


「あれはパンダコーヒーというカフェだ。飲み物が飲めるぞ」


「じゃあ、あれは?」


「あれはヨンマルクというカフェだ。飲み物が飲めるぞ」


「カフェばっかじゃな!」


 俺の説明を聞きながら、いなりは嬉しそうにツッコミをいれる。


 だって指差す店がカフェなんだもん。いや、確かにカフェばっかだなとも思うけども。


 いささか興奮しすぎだとは思うものの、いなりにとってはじめてなんだもんな。


「尋、あっち! あっちも行くのじゃ」


「え? なっ……」


 いなりは満面の笑みを浮かべて右手で前方を指差し、左手で俺の手を握る。


 そう、俺の右手にはいなりの小さな掌が繋がれていた。


 小さく声を漏らし、早足で歩くいなりに引っ張られるように着いて行く。


 俺の心臓はバクバクだ。手を握られただけなのに。いや、だけじゃないよな。


 いろいろありすぎて忘れてたけど、手を繋ぐのすらはじめてなんだ。そりゃ、心臓だって鳴る。


 いなりに聞こえてしまうかもしれない。


「あれはなんじゃー?」


「ああ、あれは……」


 俺の気持ちなんて知る由もないいなりは、ギュッと俺の手を握りながらあちらこちらを指差して時々俺に微笑みかけた。

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