第051話 聖女

『光と光が再会して暗闇に光が差し込む』


 少しずつ登るっていく太陽が視界を明るくし、世界ガーデンを完全に照らした。それはフォロティの街の無惨な光景にも同じで、凄まじい破壊の跡がくっきりと映し出されていた。監督官の館で出発の準備を完了させた第一王子エドワード一行はその光を受けて宗教都市リガオンへの道のりへ決意を固めたところだったが、魔王レヴィスターの一言で1つの気付きがあった。


「そうだっ、巖穣王グルンドがいる」

第一王子エドワードは独り言のように呟いた。それは暗黒帝国ブレイクにかなり押された戦況で孤立無縁に思われる状況を打破する光に思われた。

 純白王国フェイティーの北東部の宗教都市リガオンから中央南部の王都グランシャイン間の街道に沿うようにして聳える中央山脈の向こう側にドワーフの国があった。大陸を分断する大河ライヴァーの東側にあり、同じく聖白教エスナウの神を信奉する地域に属するだった。ただし中央山脈が人の往来を拒絶するほど高く聳え立っているためにあまり交流がなく、国交と呼べるほどの付き合いはなかった。彼らと交流するためには山脈を回避して遠回りをしながら進み、商業都市コームサルを抜けて北上するしかなかった。だが現状ではそのルートは暗黒帝国ブレイクの勢力下にあるためと通ることは不可能となっていた。

 巖穣王がんじょうおうと呼ばれるのはそのドワーフの国の王であり、代々グルンドという通称を受け継いでいた。現在の国王は魔王レヴィスター冒険王ジョージと一緒に編隊パーティーを組んでいたバグディスタのはずで、第一王子エドワードは子供の頃に会ったことをうっすらと覚えていた。ドワーフは人間やエルフと比較して背が低く骨太な体型をしており、強靭な肉体をベースにした粘り強い戦闘が得意だった。大地の精霊との親和性が強く、土の精霊魔法を得意とする精霊士シャーマンも多くいた。強い戦士と優秀な精霊士シャーマンを有する彼らを味方に引き込むことができれば戦局は好転するかもしれなかった。

 少しの光明を見ていた第一王子エドワードの気持ちをややぼかすような一声を入れたのは僧兵長ムンクマスターのカルドだった。

「エドワード様。恐れながら、巖穣王グルンドに期待するのは難しいかと思われます」

彼は顔を少し地面に向けて一点を凝視するように視線を動かさず、気持ち悪い何かを喉元に詰まらせたような表情をしていた。

「私も同じように思います」

ティスタがカルドのやや後ろに移動してそう言った。彼女の表情も身体とほぼ同じような印象で、第一王子エドワードとは違って光明を見出せていないようだった。

「ドワーフの国への道は暗黒帝国ブレイクの支配下にあると思われます。そこに入っていくのは無謀です」

ティスタの言う通りだった。中央山脈がドワーフの国までの道を1本道にしていて、そこには侵略して来た敵国が警戒しながら陣を張っているはずだ。そこを抜けるには平時でも3ヶ月近く要する行程で、仮に戦時下で敵の監視をかいくぐりながら進めたとしても、何倍もの時間を必要とするだろう。

「我が国と彼の国の関係性を考えると、援軍を請う程の親密度はありません。例え彼の国へ行けたとしても助けてもらえる可能性はかなり低いと思われます」

カルドは国交の観点から意見を述べた。中央山脈によって迂回させられる長い道のりを行き来するのはリスクが高い為、ドワーフの国との交流は盛んとは言い難かった。商業都市コームサルを経由してドワーフの国へ向かう途中には難所の大草原地帯があり、それが往来を阻害していた。この草原には怪物モンスターや猛獣の類が闊歩しており、人類の往来を阻害していた。また狂龍グラスビーストと呼ばれる大型の下位龍レッサードラゴンが君臨していると言われ、ここを通過するのは文字通り命懸けだった。この脅威を何とか回避してドワーフの国へ辿り着いたとしても、ドワーフの軍隊を派遣してもらうためには大草原地帯の安全を確保する必要があったが、それは狂龍グラスビーストをはじめとするを除去することと同義だった。だが人類は有史以来を達成したことはなく、万物の霊長に立ち向かうすべを持っていなかった。例えその脅威が除かれたとしてもドワーフの国への往復は平時でも6ヶ月を要するので、その間に暗黒帝国ブレイク軍が宗教都市リガオンに迫れば間に合わない可能性が非常に高かった。ましてその道中は敵国の支配下にあるのだから、どれだけ時間を要するかは分からなかった。

 第一王子エドワードには絶望感が広がった。聖白教エスナウを信奉する者同士で協力を得られたらと考えていたが、配下達の状況分析を聞いて腑に落ちた。よく考えると個人的には幼い頃に会った事がある程度の付き合いしかなく、国交や交易、文化レベルの交流などの全てにおいて希薄としか言えなかった。父である冒険王ジョージが頼み込めば好転する可能性も若干あるかもしれないが、それは不可能だった。今は父王の生死さえ掴めていなかった。そして弟である第二王子ヘンリーの安否情報も伝わっておらず、父王と一緒の母である王妃の行方も不明でだった。これで存命だと認識できるのは宗教都市リガオンの主教会の大神官で姉の聖女ヴィクトリアだけだった。それも調査したフォロティの街とその周辺の状況から判断した観測に過ぎないかも知れなかったが。

 第一王子エドワードは希望が見えない状況が続いて身体が重く感じていた。それでもこの窮地を背負うのが王族であり、国家を守る使命を見失うことはなかった。

「まずは宗教都市リガオンへ向おう」

配下達の重苦しい雰囲気を感じて、第一王子エドワードは空を見上げて明るい声色でそう言った。その配慮にカルドとティスタは涙を堪えて付き従った。その後に魔王レヴィスター少女クウィムが続いて、宗教都市リガオン側の街の門を通った。ここからは都市まで1本道でほとんど平坦で、移動速度を妨げる要素はほぼなかった。

 歩き出してすぐに前方に人影を発見した。第一王子エドワード達は警戒して歩みを止めた。先頭にいた第一王子エドワードとカルドは目を凝らして近づいてくる人影を凝視した。するとその間から少女クウィムがしゃしゃり出て前方を確認した。

「あれはお友達みたいだよ」

少女クウィム第一王子エドワードの方を見て笑った。彼にはまだ前方の人影のを認識できず、少女クウィムの台詞を信じて良いのか分からなかった。しかし先程までいたフォロティの街に入る前にもその視力は素晴らしい能力を発揮していて、彼女の説明の真贋は街に入って証明されたので、恐らくはで間違いないのだろう。

「ありがとう」

そう言って笑顔を返した。

 次第に近づいてくる人影は意外に多かった。それは編隊パーティーのレベルではなく、20人程の小隊だった。先頭には馬がいて人が跨っていた。馬は4頭で菱形の形で並び、その後ろに10人以上が徒歩で続いていた。近付くにつれて輪郭がはっきりとして、それが純白王国フェイティー軍である事が分かった。そして菱形の後方の馬に跨るのが聖女ヴィクトリアである事も分かった。第一王子エドワード達3人は膝をついて彼女を迎えた。特にカルドは全身でかしこまっているようだった。その後方で魔王レヴィスター少女クウィムは特に変化を見せなかった。

 あと30歩程まで近付いた時に聖女ヴィクトリアが馬から飛び降りて、第一王子エドワード逹を目掛けて駆け出した。残り3頭に跨る者もそれに倣って付き従った。その後方の徒歩の者逹もそれに倣った。聖女ヴィクトリアは3人の先頭でひざまづく弟に向かって飛びついて抱きしめた。第一王子エドワードは彼女の勢いに押されて仰向けに倒れたが、姉を庇うように配慮していた。

「エディ!よく無事で!」

聖女ヴィクトリアは弟をキツく抱きしめた。人目を憚らずに頬ずりして弟の帰還を喜んだが、それが終わるとすぐに立ち上がった。第一王子エドワード達もつられて立ち上がった。聖女ヴィクトリアは先程までの弟を慈しむ表情から凛としたそれに変わり、王族兄弟の仲睦まじい姿で和んでいた周囲の人達も気持ちを入れ替えていた。

「姉上。何故ここへ?」

彼がいない宗教都市リガオンの実質の指導者は彼女であり、都市を離れてここにいる事はとても大きな謎だった。

「これからドワーフの国へ向かうためです」

「えっ!??」

第一王子エドワードは一瞬固まった。それはほんの少し前に彼が諦めた事だった。

「もう時間がないの。今の戦況をひっくり返すためには彼らに力を借りなければ絶対に無理」

「しかし、彼の国へ辿り着くのは不可能では?」

「それなら大丈夫。エディがレヴィスター様を連れて来てくれたから」

「えっ?何故それを知っているのですか?」

彼の疑問は当然だった。大陸にから宗教都市リガオンに向けて使者を出しているわけでもなく、知らせる手段などなかったからだ。

「それは彼女のおかげよ」

聖女ヴィクトリアはそう言って微笑んだ。彼女の後方に控えめな立ち位置で小柄な密偵とりが立っていた。第一王子エドワードにはそれが誰だか分からなかったが、魔王レヴィスターが身体を動かして珍しく足音を出した。

「久しぶりだなぁ。ヴェス」

魔王レヴィスターの表情がいつもと違って喜びの色を帯びていた。ヴェスと呼ばれた密偵とりは3歩ほど前に出て、聖女ヴィクトリアの横に並んだ。その表情はどこか魔王レヴィスターと同じ色を醸し出していた。

「ああ、久しぶりだなぁ。レヴィスター」

返事をしてすぐに右手を顔の高さに突き出した。その手には鞘から抜かれた短剣ダガーが握られており、第一王子エドワード達は身構えて剣の束を握ったり、拳を握って警戒体制に入り、周辺の空気感は一気に緊迫した。


 自分に向けられた短剣ダガーを見つめながら魔王レヴィスターはかすかに笑っていた。

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