第048話 氷瀑

『無限大と思える程の恐ろしい才能』


 高度魔法である空中浮揚レビテーションを上回る超高度魔法の飛翔ウイングで宙を自在に移動する銀髪の漆黒ダークエルフの姿は、同じ人類とは思えないほどだった。人間よりも万物マナや魔法との親和性が高いとされる一般のエルフ達であっても、ここまで高度な魔法を駆使することはできないだろう。彼が至高ハイエルフの生き残りだとして、高度な能力と技術を持っていたするならば、不可能ではないのかもしれないと考える他なかった。

 魔王と呼ばれる所以はこの恐ろしい程の魔法の能力あると思われた。更に恐ろしいのはこれほどの魔法を呪文の詠唱なしに駆使していると思われることだった。ドラゴンの攻撃はとても速く、単独で対峙して魔法を詠唱する時間を確保するには無理な速度だった。呪文の詠唱には時間と集中力が必要で、魔法が高度になると時間は長くなり高い集中が求められる。その魔法の法則を全く無視した眼の前の状況を見ると、想像を超えた魔法的な仕掛けがあるとしか考えられなかった。しかしこれほど高度な魔法を装飾品デコレーション魔法付与エンチャントマジックできるものだろうか?装飾品デコレーションに付与できる魔法は初歩的なものがほとんどで、超高度魔法を付与できるとは思えなかった。魔王レヴィスターの持つ能力は謎だらけであり、得体の知れない恐ろしさを伴っていた。


 下位龍レッサードラゴン龍息吹ドラゴンブレスを吐くのを止めた。その理由は不明だったが、宙に浮いている魔王レヴィスターを睨み続けていた。漆黒ダークエルフが降りてきたら攻撃できるように準備をしているように見えた。

 空中にほぼ静止した魔王レヴィスターは非常に高い位置からドラゴンを見下ろしていた。その様子はドラゴンをじっくりと吟味しているようだった。彼は眼下で猛狂たけくるう万物の霊長を見て強い違和感を感じていた。高い知能を有し、生態系の頂点に君臨する種族であるドラゴンが猛獣のように突進したり、手当たり次第に龍息吹ドラゴンブレスを吐くのを半島で見かけた事はなかった。怪物モンスターの最上位種であるがむやみに攻撃を仕掛ける事はほぼなく、取り乱しているかのような振る舞いをする種族ではなかった。大陸と半島が高い断崖によって隔絶され、進化形態が同じではなくなっていたとしても、腑に落ちない下位龍レッサードラゴンの行動だった。

「我を忘れたような行動を取るのは異常だ」

それが魔王レヴィスターの行き着いた結論だった。だとしたら異常状態を生み出している原因があるはずで、それを調べる為にはこのドラゴンを倒す必要がある。少しだけ間を置いてから魔王レヴィスター呪文スペルの詠唱を始めた。飛翔ウイングの魔法の最中に更に魔法を発動しようとしていた。

 遠く地上にいたティスタは驚きで目玉が落ちそうになるほどに眼を見開いてその姿を見ていた。遠くにいても彼が魔法の準備体制に入った事は分かった。だがそれは飛翔ウイングの魔法の行使中である事を考えればあり得ない事だった。魔法は精神を集中して外部遮断トランス状態を作り出してから発動できるもので、通常では簡単な移動ですらなかなかできるものではなかった。にも関わらず魔王レヴィスターは超高度魔法を行使している状態で更に魔法の準備をしていた。彼の魔法に関する事はほぼ全てが非常識でこれまで学んだ魔王では不可能とされる事ばかりだった。ティスタは彼のせいで目眩がしていたが、少女クウィムを守る意識ははっきりと持っていた。

 両手の人差し指を立てながら互いの親指側を付けて掌側を前に向けて構えた魔王レヴィスターは目を閉じて呪文スペルを唱え始めた。

「風の精霊に命ず。我が言葉ことのはをその身に乗せ、の地の者へ届け給え。転送トランスファー

魔王レヴィスターから片時も眼を放す事が出来なくなっていたティスタの耳に突如として彼の声が飛んで来た。

「聞こえるか?」

その声は耳元で囁いているかのようにはっきりと聞こえた。そしてそのは他の3人にも聞こえていた。第一王子エドワードとカルドは全身を硬直させて驚いたが、少女クウィムは特に反応を見せず至って普通だった。

「レヴィの声が飛んで来た」

驚きの中で反応に困っていた第一王子エドワードとカルドを尻目に少女クウィムはあどけない表情であっけらかんとした調子でそう言った。ティスタは何度か経験があったので特に反応はしなかった。

「クウィムは聞こえているようだな。他の3人はどうだ?」

どうやらこちらの声も魔王レヴィスターに届いているようだった。彼の言葉から推察すると仲間達がいる周辺に対して音声をようだった。

「ああ、聞こえている」

第一王子エドワードは少しだけ緊張しながらそう言って応えた。どれだけ叫んでも届かない距離にいる魔王レヴィスターの声が鮮明に聞こえ、こちらの声も彼に届いている。しかも彼は飛翔ウイングの魔法を行使中なのだ。彼の魔法レベルが高すぎる事に思わず震えた。

「俺はこれから地上に降りてドラゴンを倒す。巻き込まれないように注意してくれ」

ここから魔王レヴィスターの戦闘地まではかなり離れていて巻き込まれる可能性は低そうだった。第一王子エドワードは思わず口にした。

「えっ、この距離で危ないのか?」

それはカルドやティスタも同じ感想だったが、ティスタは魔王レヴィスターがとてつもない破壊力を持った魔法を使うのかもしれないと想像して、ゾッとせずにはいられなかった。

 魔王レヴィスターはゆっくりと降下を始めていた。両腕を下位龍レッサードラゴンの方に向けてまっすぐに伸ばし、両手の人差し指だけを伸ばしてそれを交差させながら呪文を唱えていた。どうやら転送トランスファーの魔法は解除しているようだった。その動きを見たティスタはさらにゾッとした。飛翔ウイングを行使しながらドラゴンを倒す為の魔法を発動させようとしている。その魔法はかなり強力な破壊力を持つものだと想像され、飛翔ウイングと同時に行使するのは困難だと思われた。しかし魔王レヴィスターならばそれさえも可能にしてしまう気がしていた。

「大気と水の精霊に命ず。持てる力を駆使し、眼前に鎮座する我が敵の熱を奪い、が能力の全てを凍てつかせよ。氷瀑地獄クライオニクス

呪文が完成する少し前に魔王レヴィスターは地上に降り立った。それは飛翔ウイングの魔法を解除したからだろうと思われた。地に足を付けた魔王レヴィスターは右半身をドラゴンに向かって後方に引き、左半身をに突き出す態勢を取り、左腕をまっすぐに伸ばしたまま左掌を地面と水平になるように上げて構えた。下位龍レッサードラゴンは身構えていたがエルフのを見てすぐに突進した。それは腹を空かせた野獣がようやく出会った獲物になりふり構わず飛び掛かる姿に似ていた。本能的な反応の動きに近かったので非常に俊敏で、魔王レヴィスターとの距離はまるまるうちに縮まった。ドラゴンが口を大きく開けて魔王レヴィスターに飛びかかろうとした瞬間だった。彼の左掌の少し前方から真っ白い暴風雪が発生して、ドラゴンがどこにいたか分からない程に景色を白く塗り潰した。急激な温度変化で周囲は暴風の渦のようになり、さながらホワイトアウトで視界はほとんどなくなった。

 第一王子エドワード達は凄まじい暴風と寒さに土塁の壁を頼りにして這いつくばるようにして耐えるしかなく、氷瀑の嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。この嵐の中心にいる魔王レヴィスターが無事であるかを確認する術はなかった。戦闘の状況が確認出来なくて焦りがあったが、その焦燥をきつく抑え込んで嵐が去るのをひたすら待った。すると次第にゆっくりと風が和らいでいき、凍えるような空気が暖かさを取り戻し出した。視界が少しずつ晴れていき魔王レヴィスターが氷瀑の魔法を発出する前に戻った。第一王子エドワード達の眼前には驚愕の光景が広がっていた。

 魔王レヴィスターはまるで何事もなかったように佇みながら立っていた。術前との違いはドラゴンに向けていた左掌を降ろしていた事位で、いつもと変わらない冷気を浴びたような視線をドラゴンの方に向けていた。しかしドラゴンは全く違う姿に変えられていた。魔王レヴィスターの強烈な魔法を全身に浴びて、真っ白な氷像にさせられていた。魔王レヴィスターに飛びかかろうとして長い首を伸ばし切った状態で固められていて、それは今すぐにでも動き出しそうな程だった。ドラゴンの周辺の地面も真っ白く凍りついていて、地面や草などが本来の色を失っていた。第一王子エドワード達は恐る恐るに向かって歩き出した。近付くにつれて温度が下がっていくのが分かった。魔王レヴィスターは気象さえも操れるのではないかと恐ろしくなった。純白王国フェイティーの3人が躊躇しながら進んでいるのを尻目に少女クウィムは意気揚々と魔王レヴィスターの元へ小走りに進んだ。その為に他の3人とは距離ができた。

ドラゴンを固めちゃったね。すご〜い!」

魔王レヴィスターの側まで着くとすぐに少女クウィムは素直に感想を述べた。それは眼の前の恐ろしい光景には不釣り合いに思えるものだった。第一王子エドワード達もその場に到着してその輪に加わって、ティスタが口を開いた。

「これは見た事も聞いた事もない魔法…」

魔王レヴィスターがその台詞に反応した。

「これは俺の独自オリジナルだからな」

「えっ⁉︎自分で魔法を編み出したの⁉︎」

ティスタは怯えるような表情でその台詞を口にした。彼女の習った魔法学において魔法は神からの授かり物であり、人類が触ることが出来ない神聖な存在だった。そのからすると魔王レヴィスター独自オリジナルの魔法を編み出したとしたら、それは禁忌の神の領域に踏み込んでいる事になる。


 ティスタはその恐ろしい事実に接してしまった心理的ストレスで、眼前の景色が本当に真っ白になってしまった気がした。

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