第047話 比較

『凶暴な霊長と対峙する覚悟』


 小高い丘とその崖下という位置関係は戦闘における優位性がまさしく天と地ほどの差があり、高地にいる者が圧倒的に有利だった。その高地にいるのが世界最強の生物であるドラゴンである場合に他の生物とってそれは『死』と同義だった。


 魔王レヴィスターは右腕一本で細剣レイピアを構えて編隊パーティーの前に出て、赤黒い鱗を有する下位龍レッサードラゴンと対峙した。

「エディ!4人で絶対に安全な場所まで避難しろ!クウィムを頼む!」

他の4人に聞こえるようにやや大きめな声で避難を指示した。第一王子エドワード魔王レヴィスターの緊迫した雰囲気を肌で強く感じて、純白王国フェイティーの2人をすぐに促した。ティスタは少女クウィムの手を取って、カルドはその前を誘導するようにして走った。第一王子エドワードはその後に続き、4人は街の防御用の土塁の裏に駆け込んだ。運が良かったのか、魔王レヴィスターが押さえ込んだのかは不明だったが、ドラゴンからの攻撃はなかった。土塁は第一王子エドワードやカルドの胸の高さ程で、厚みは人間の平均的な成人男性の背丈ほどあり、4人はそこから頭の上半分を出して魔王レヴィスターの方向を見た。

 だいぶ遠くまで避難した為に魔王レヴィスターの表情は伺えなかった。魔王レヴィスターの先の丘の上には興奮した下位龍レッサードラゴンがいたが、力を溜め込む為だろうか、4本の脚で大地を掴み、頭を下げて背を丸めて坂下にいるエルフを睨みつけていた。そうしている間にドラゴンの腹は次第に膨らんでいき、明らかに何かが溜まっているように見えた。ふいに後ろ脚だけで立ち上がったドラゴンは首をムチのようにしならせながら天に向いた後、頭を坂下に向かって投げ出すようにしながら首を縦に振った。ドラゴンの口からはマグマに似た炎の塊がまるでレーザービームのように迸り、それは坂下に立っていた魔王レヴィスターを目掛けてあっという間に飛んでいった。魔王レヴィスターを炎柱が飲み込んだと思った次の瞬間に、「ゴオオオッ」という大きな音が鳴って、白い煙が辺り一面に一気に広がった。それはドラゴンや避難していた4人も一瞬にして包み込み、広範囲に渡って全ての者の視界を奪った。その正体はかなり温度の高い水蒸気でその温度は火傷してしまいそうなほどだった。第一王子エドワード達は眼を開けることもできずに身を固くして、土塁の影に隠れて護身するしかなかった。その後に上空から強烈な風が吹き、熱い水蒸気を一気に消し去った。一時的に発生した局所的な温度差が上昇気流を生み、高く上がった空気が上空で冷やされて、反動の下降気流を作り出していた。水蒸気がなくなり開けた視界の先に魔王レヴィスターが先程までと同じ姿勢で悠然と立っていた。ドラゴンの吐いた火球を浴びたはずなのに傷一つ負っておらず、余裕を持ってドラゴンを睨み返していた。純白王国フェイティーの3人は目の前の出来事に眼を見開いて驚愕していた。即死でもおかしくない破壊力を持つ火球を無効化してしまう能力は脅威だった。ティスタの見立てでは氷か水の魔法を火球にぶつけて無効化していると思われたが、あの一瞬で火球の勢いを殺してしまうほどの魔法を完成させるのは不可能だと思われた。『氷の魔王』と呼ばれる漆黒ダークエルフには想像を絶する能力か、神の奇跡を具現化できる装飾品デコレーションを携帯しているのではないだろうか?初めて彼と出会った時にドラゴンから救ってくれた場面を思い出し、あの時と同じように万物の霊長を凌駕しているように見え、これほど心強い味方はいなかった。

「なかなか強烈な龍息吹ドラゴンブレスを吐くなぁ」

魔王レヴィスターは独り言のように呟いて、凍り付くような眼差しで坂上にいるドラゴンを睨み付けた。興奮しているドラゴンは落ち着かない様子で身体全体を小刻みに揺すり、首を小さく振りながら頭を揺らし続け、燃えるような眼光を魔王レヴィスターに突き返していた。半島をほぼ占有する(通称)魔王の樹海で第一王子エドワード達を襲ったドラゴンは、魔王と対峙した時に今と似たような状況で龍息吹ドラゴンブレスを無効化されて、銀髪の漆黒ダークエルフを警戒したが、大陸の下位龍レッサードラゴンは違った。坂道を勢いよく下り降りて来て、一気に魔王レヴィスターとの間合いを詰めた。4本の脚で風のような速さで駆け、俊敏な動きであっという間に魔王レヴィスターの前まで移動した。その間に頭を直角に捻って大きな口を目一杯に開いて、魔王レヴィスターを目掛けて凄まじいスピードで口を閉じた。戦闘を見守っていた第一王子エドワードとカルドは魔王レヴィスタードラゴンに飲み込まれたように見えた。ガキーーンという金属同士がぶつかったような耳障りな音が響き渡って、ドラゴンの頭の周囲に口を閉じた際の風圧で土煙が上がり、その周辺だけ視界が悪化した。第一王子エドワードは思わず息を呑んだ。心の中で「レヴィスターッ!」と叫んでいたが、声を発する事は出来なかった。隣のカルドは俯いて目を閉じ、無念の表情をしていた。決死の思いで召喚した魔王レヴィスターが一瞬でドラゴンに飲み込まれ、絶望していた。土煙がそよ風に運ばれて次第に薄くなっていくと、ドラゴンの頭部の輪郭がくっきりとしてきた。するとドラゴンの口に血飛沫や流血は見られなかった。第一王子エドワードは眼を見開いて驚くと共に安堵した。

「あっ、レヴィが浮いてる!」

魔王レヴィスターが死んだと思っていた純白王国フェイティーの3人の重苦しい雰囲気を少女クウィムのやんわりとして少し間の抜けた台詞が掻き消した。

「浮いてるっ?」

寝言のような言い方で言葉を口にした第一王子エドワード達は首が取れるかと思うほどの速さでドラゴンの上方を見上げた。そこには魔王レヴィスターが空中で静止して浮いていた。その高さは建物なら5階位に相当するもので、ドラゴンが全身を目一杯に伸ばしても届かない位置だった。

 空中浮揚レビテーションの魔法は存在するが、それは非常に高度な魔法であり、ティスタは使えた者を見た事はなかった。その難易度は計り知れないもので、ほんの少し浮くだけでも大変なのだという。重力に逆らって物質を浮かすのは凄まじいエネルギーが必要で、それを可能にするための万物マナを集約させるのは強烈な集中力と膨大な時間を要求されると言われていた。ティスタの指導者であり、純白王国フェイティー随一の魔術師ルーンマスターと称されるミスティ導師であったとしても駆使できるか分からないレベルの魔法だった。それほどの超高度魔法を軽々と扱い、首を振り切る程の高さまで浮揚している魔王レヴィスターを見上げるティスタは震えが止まらなかった。この魔王と呼ばれる銀髪の漆黒ダークエルフの魔法は人間が辿り着けるとは思えないレベルにあり、エルフという種族の持つポテンシャルのレベルも超えている気がした。『魔王』と呼ばれている理由はこれなのだろうと思った。

 至高ハイエルフ。世界の各所に遺跡が残る超高度文明を築いたとされるエルフの上位種であり、それはもう伝説の存在とされていた。魔王レヴィスターの魔法のレベルを考えるとその存在が頭をよぎったが、彼の肌は褐色で漆黒ダークエルフの特徴を示していた。しかし髪の色は銀であり、漆黒ダークエルフの特徴である黒髪ではなかった。ティスタの持ち合わせているでは整合性が取れずにただただ混乱した。

 下位龍レッサードラゴンは宙に浮いている人類を見て更に興奮したようだった。丘上にいた時に腹を膨らませて吐いた大きな火球とは違って、エネルギーを溜めずに小さめの火球を魔王レヴィスターに向かって3つ吐出した。浮揚している位置に火球を下方から吐かれたら逃げ道がなく、魔王レヴィスターが被弾するのは目に見えていた。それは彼の死を意味した。遠目に見ていた4人は思わず眼をつぶった。空中で火球が炸裂する鈍い音が響き、熱い突風が容赦なく吹き荒れた。

「レヴィスターがっ…」

第一王子エドワードは土塁の陰に隠れて突風をやり過ごしながら絶句した。突風と土煙が落ち着くのを待ってから身体を乗り出して、涙目になりながら戦闘が繰り広げられた場所を見やった。眼を細めて土煙に耐えた後に見えたのはいまだに空中に位置する魔王レヴィスターとその彼に殺気を剥き出しにして対峙するドラゴンだった。魔王レヴィスターはあの小火球を回避していた。その理由はすぐに分かった。驚く事に魔王レヴィスターは空中を自在に飛び回っていた。狂ったように小火球を吐き続けるドラゴンの攻撃を蝶が舞うように回避していた。

 第一王子エドワードの見立てだと火球が魔王レヴィスターに当たることはないように思えた。そう思わされる程に魔王レヴィスターには余裕があるように見えた。先程の爆発はおそらく火球同士が衝突して発生したと思われた。第一王子エドワードの傍でその様子を見ていたティスタはガチガチと歯を鳴らしながら震えていた。伝説の魔法の一つである飛翔ウイングの魔法を目の当たりにしているからだった。彼女の学んだ魔法知識として理論的に可能ではあるが、駆使するのに必要とされる万物マナの力が膨大すぎて人類に扱えないとされている魔法だった。魔王と呼ばれる銀髪の漆黒ダークエルフにはどれほどの才能と能力があるのかを考えると、「恐ろしい」という言葉以外は浮かばなかった。

 ドラゴン龍息吹ドラゴンブレスを止めた。魔王レヴィスターに当たる気配がないと考えたのか、火球を吐き続ける事に疲れたのか、体内のエネルギーを使い果たしたのかは分からなかったが。その時魔王レヴィスターは不適な笑顔を浮かべて空中で静止した。これから何かをする気配が漂っていた。

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