第029話 笑顔
『暗く絶望な状況の中にも希望に満ちた光のような笑顔が咲く』
月光を反射して輝く湖面を背にして佇む
高地である大陸では当たり前である事がこの半島では当たり前ではなく、これまで培ってきた感覚や慣れ親しんだ常識が通用しなかった。魔王の樹海に入ってから出会った
その時部屋の入り口の扉を3回ノックする音が聞こえた。硬い木製の扉は落ち着いた音を立てた。二の腕を抱きしめていた両手を離してだらりと真下へ下ろし、身体ごと扉の方を向けてから「はい」と返事をした。
「ティスタ、案内しに来たよ」
それは
「扉は開いてるわ」
身の危険を感じない魔王の館内なので、扉を施錠していなかった。その台詞を聞いてからクウィムはすぐに部屋に入って来て、ニコニコしながらティスタの方へ真っすぐ近づいて来た。クウィムはティスタの前まで来て、自分より背の高いティスタを少し見上げながら、案内の内容を口にした。
「お風呂の準備が出来たよ。長い間森を彷徨って汚れているだろうから、綺麗にしてきたらどうかな?」
クウィムの親近感のある喋り方や上目遣いと爽やかな笑顔でティスタの気持ちは和らいでいた。王国を出発してから半島に降りて魔王の樹海を彷徨い、汗や泥や血にまみれながら進んで来たので、だいぶ野性的な体臭となっていた。それは冒険しているので仕方なかったが、魔王の館のように安全なエリアにいるのであれば身だしなみを整えておきたくなるのは当然の事だった。ティスタはクウィムの案内に従う事にした。
「それはありがとう。すぐに着替えを準備するから、浴室に案内してくれるかな?」
ティスタの答えにクウィムは即答した。
「うん、待ってるよ。準備出来たら教えてね」
少女は笑顔を維持したまま答えた。ティスタは荷物を入れた大きめのバックパックから速やかに着替えを取り出して、小さな巾着袋にそれを入れ替えて手に持ち、そそくさとクウィムの元にやって来た。
「お待たせ。じゃあ、浴室まで案内してね」
少女の笑顔に負けないような満面の笑みを返しながら、少女に浴室への案内を依頼した。
そのソファにエドワードとカルドはそれぞれベッドを背にするようにして向かい合って座っていた。部屋には簡易的な台所があって飲み物が置いてあり、カルドはそこから2つのグラスに
「エドワード様…。どうなされましたか?」
「ここは気になる事が多くてさ。レヴィスターを説得している時はその事に必死で気付かなかったけど、僕の常識が通じない事ばかりだ」
チラッとカルドを見てから続けた。
「レヴィスターもクウィムという少女もとても異質だ」
一呼吸置いてから
「レヴィスターは
カルドが頷き、エドワードは続けた。
「クウィムは呪文を詠唱せずに傷を治してくれた」
その事にカルドが付け加えた。
「しかもあの少女は
エドワードはカルドの話に頷いた。
「レヴィスターもクウィムも
カルドは王子の話に同調した。
「前線の
その時部屋の扉を叩く音が3回響いた。ティスタの部屋と同じ木製の扉は同じような音を発した。その音にカルドが反応した。
「開いておるぞ」
その声が届いたようで扉がすぐに開いた。クウィムが入ってすぐの場所で立ち止まり、要件を伝えた。
「お風呂の準備が出来たよ。長旅で疲れているだろうから、ゆっくりと休憩したらいいんじゃないかな?」
クウィムの満面の笑みにエドワードとカルドの緊張感は和らいだ。城の外には凶悪な
「案内をありがとう。準備は痛み入る。大変申し訳ないが、良ければティスタを先に案内したい。こちらの勝手で申し訳ないが、
カルドは自国の風習を持ち出した。
「あっ、それならレヴィに聞いてたから、ティスタには先に(入浴を)済ませて貰ったよ」
エドワードとカルドはその情報を聞いて肩透かしを喰らった気分になったが、風習の通りに対応してくれた少女に感謝した。その風習を的確に指示した
「じゃあ、ごゆっくり。レヴィとティスタが食事の準備をしているから、私は手伝いに行ってくるね」
と言って可愛い笑顔を残して調理場へ小走りで向かうクウィムを見送って、2人は浴場へ入って行った。2人の顔にも同じような笑顔が浮かんでいた。
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