第028話 受諾
『小さくても歯車は回転を始める』
あまりに唐突な返答だったので、エドワードは状況をうまく飲み込めなかった。
「えっ…⁉︎受け入れる⁉︎」
間が抜けた声でそう言った。
「どうした?不満か?」
「ありがとう、レヴィスター」
と咄嗟に本音を口にした。それは素直な感情からくる言葉だったが、国使としては儀礼を欠いていた。それに気づいた王子はすぐに儀礼に則った挨拶のために、左膝を立てて右膝を床につけて屈んだ。それから右手で作った拳を垂直に立てた左の手のひらに合わせて胸の前に掲げて、やや首を垂れて視線を落とした。そして先程よりも大きな声量とはっきりとした口調で
「レヴィスター様。此度のご返答は大変光栄です。
と奏上した。その表情は程よい緊張感を持っていて、凛々しく爽やかな印象を与える、王子として理想的なものだった。付き従うカルドとティスタが思わず見惚れてしまう程だった。
「済まないが、クウィムが落ち着くまで応接室で待っていてくれ。さほど時間はかからずに落ち着く筈だから」
と言って3人を応接室へと
3人は素直にそれに従ったが、
応接室の扉は普通に手で動いたので、3人は困る事なく再入室する事が出来た。そしてさっきまで座っていたソファまで戻って、先程と同じ配置で腰をかけた。少女が落として砕けたガラスのコップの破片が散乱していて、カルドはそれを1つずつ丁寧に拾い上げた。ティスタはポケットに入っていた布で飛び散っていたコップの中身のジュースを拭き取り、羊の皮で出来た携帯用の水筒に中身を絞り出した。2人のおかげで少女が落としてしまったコップはほぼ綺麗に後始末された。
2人の掃除が終わったちょうどその頃に応接室の扉が静かに開き、
「クウィムを運ぶ助勢だけでなく、ここの後始末までしてもらって、感謝する」
表情には感情が薄くて冷たい印象はあったが、しっかりとお詫びとお礼を言った。カルドとティスタはその姿に少しだけ
「彼女は落ち着いたのか?」
エドワードが少女の状態を尋ねた。自分の気持ちに一呼吸を入れてくれて、迷いを吹き飛ばしてくれた彼女が心配だった。
「ひとまず落ち着いた。もう大丈夫のはずだ。ただ、俺が想像していたよりも落ち着くまでに時間がかかったが…。」
「落ち着いたのは良かった。突然の事なのでとてもびっくりしたが…一人で部屋に寝かせておいても大丈夫なのか?」
「ああ、それは心配ない。いったん落ち着いてしまえば大丈夫だ。いずれ何事もなかったかのように起きてくると思う」
その反応を見ると、少女の今回の症状は初めてではないように思われた。何かしらの持病があるのかもしれないが、それ以上の質問ははばかられた。そこでエドワードは恐縮しながらも自分達の都合を優先させるための話を始めた。
「このような状況で申し訳ないが、我々には時間がない。少しでも早く王国に戻り、状況の改善に全力を尽くしたい。だから、こちらの都合で恐縮だが、一刻でも早くここを出発したいんだ」
エドワードには焦りがあった。出来るだけ早く王国に戻って状況を把握し、
「お前の気持ちはよく分かる。ここから離れた遠い地で仲間が敵の侵攻に晒されている思うと、そうやって焦ってしまうだろうな」
「でも、準備が必要なことを理解してほしい。突然の訪問でこちらは何の準備も出来ていない。少しでも希望に沿えるように支度するが、少なくとも今すぐにここを発つ《たつ》事は無理だ」
現実的で冷静な判断の答えを返し、焦燥感にかられている王子をやんわりと諭した。
エドワードが自分の焦りに気付いた時、
「レヴィスター殿、貴殿のお話はその通りだ。我々は焦りがあって、配慮を欠いていた。それは改めてお詫び申し上げる。ただ、それでも少しでも早く王国に戻りたい。我儘かもしれないが、我々はそれだけ追い込まれているのだ」
真剣な表情で
カルドが喋った事で同行していたティスタも思わず口を開いていた。
「我々はここに来るまでに多くの仲間を失った。その仲間達に報いるために、そして、多くの市民の生命と安全を守るために使命を果たしたい。その為に貴方の助力がどうしても必要なのです。どうかお力を貸して下さい。お願いします」
ティスタはソファから立ち上がりその場で深々と頭を下げた。それに合わせてカルドも立ち上がって頭を下げた。
2人が揃って頭を下げている光景に
「揃えて頭を下げなくていい。座ってくれ。お前たちの要望は受け入れた。出発も出来る限り急いで対応する」
最大限の誠意を見せる
その時応接室の扉が開いて少女が入って来て、全員の視線がそちらに誘導された。少女は先程まで苦しんでいたとは思えないほど健康的な足取りでソファまで歩き、
「あっ、私の事は気にしないで。どうぞ続けて」
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