第026話 禁秘

『禁じられたものに込められたものが混乱を生み出す』


 得体の知れない悪臭が辺り一面に漂っていた。沢山の物がごちゃ混ぜになって突然焼却された為に例えようのない臭気になっていて、吐き気を催す程の醜悪な臭さだった。上位龍エルダードラゴンが放った強烈ないかづち龍息吹ドラゴンブレスによって破壊された王城の中心部分は、クレーターのようになってしまった大穴に崩れ落ちていった為に破片が周囲に飛び散る事がなかった。大穴の淵はプスプスと音を立てながら炎がくすぶり、穴の全体から黒々とした煙を立ち上らせていた。そこに生命が生存できる可能性を感じさせる要因は一切なく、地獄の入り口のように見えた。


 王城の敷地内に入った冒険王ジョージとエリスは周囲に敵の姿を探した。これ程までに恐ろしい惨劇を引き起こした上位龍エルダードラゴンが何処かにいるはずだったからだ。発見されたら即死を免れない為に強烈な緊張感があり、甲冑の下は全身が汗でびっしょりになっていた。

細心の注意を払って王城に近づいていったが、破壊の権化である上位龍エルダードラゴンの姿は確認出来なかった。そして王城の建物までもう一息という距離まで近づいた頃に、破壊を免れた東側の建物の中から次々と人が出てくるのが見えて、すぐにそちらへ駆けつけた。建物から出てきたほとんどの者が非戦闘員で、王族とその従者や世話に携わる人達だった。王城の東側が居住エリアだった為に中央部分の破壊の被害を受けず、九死に一生を得て脱出してきたのだった。逃げ出した人々は王と大神官ハイプリーストを見つけて、歓喜とも悲鳴とも聞こえる声を上げた。

「ジョージ王陛下!ご無事で何よりです。しかし何故こちらへお越しなのですか?」

「エリス様も従者を連れておられず、お2人だけとは…」

矢継ぎ早に言葉を発していた王城の住人達は戦地を離れている2人に疑問を感じたようだった。その時住人達の後方から王妃が追い付いてきた。王妃は埃などで髪や顔や衣服が汚れていたが、毅然とした態度で夫である王の前に進み出た。冒険王ジョージの顔を見て緊張が緩んだようで、その眼からは涙が溢れそうになっていたが、王妃の立場を完遂する為に泣き出す事はなかった。そして夫を気遣う姿勢を鮮明にした。

「非常時の為に慣例の作法は省かせて頂きます」と言ってから続けた。

「国王陛下におかれましてはご無事で何よりでございます。城が突然破壊されてしまい、留守を預かる者として痛恨の極みです。被害の状況はほとんど把握できておりませんが、東側にいた者は全員避難できた事は不幸中の幸いかと…」

王妃は昂る感情を必死に抑えて役割を果たそうとしていた。身体は小刻みに震え、顔面は蒼白になり、瞳には涙を溜めたまま、それでも国王への現状報告を精一杯に努めた。

冒険王ジョージは妻である王妃の必死な姿を愛おしく感じていた。ここが人目につかない場所だったら抱きしめて労をねぎらいたかったが、多くの目があるのでそれはできなかった。それは王妃も分かっていた。冒険王ジョージは王妃に近づいて左手で彼女の右肩にそっと手を当てて、この場で可能な最大限の敬意を払った。

に被害がなかったはそなた達のおかげだ。皆無事で何よりだ」

その言葉に王妃は堪え切れなくなって声を殺して涙を流した。それでも毅然とした態度は変わる事はなかった。

「王妃として当然の事をしたまでです。ただ西側にいた者達の安否は不明です。ほとんどの者が東側こちらにいたのでかなり少ない筈ですが…」

王妃は震える声でもはっきりと聞こえやすい話し方で答えた。冒険王ジョージは静かに頷いて応えてから、王宮付きの近衛兵(非戦闘員の王族を警護する兵)達にこれからの行動について指示を出していった。兵隊達の数人は西側の状況確認の任務を与えられ、それ以外は王族関係者を警護しながら王都脱出するように指示された。国王と大神官ハイプリーストはその避難団には含まれずその場に残るようだった。王妃は達の行動を疑問に感じ、小声でしか話せないような距離まで近づいてから、彼らの身を案じて思わず質問をしてしまった。

「貴方とエリス様はどうなさるのですか?一緒に避難しないのですか?」

その顔は王妃ではなく、夫を心配する妻のものになっていた。

冒険王ジョージ大神官ハイプリーストは悲壮な表情のまま押し黙っていたが、意を決したように冒険王ジョージが口を開いた。

純白王国フェイティー王として守らねばならんものがあるのだ。必ず戻るから先に避難していてくれ」

王妃は国王の表情や声の調子からただならぬ雰囲気を感じ、共に避難する事は叶わないと悟った。夫はこれまで多くの功績や戦績を上げて生還し続けて来た戦士であり、冒険王と市民から親しまれる立派な国王だ。王妃は彼等の武運を祈って送り出すしかないと決意した。

「かしこまりました、陛下。御武運を!」

そう言って、正式な儀礼の通りに会釈をしてから、国王に別れを告げた。その顔には優しい微笑みと涙を浮かべながら。


 冒険王ジョージ大神官ハイプリーストのエリスは王城東側の通用口から建物の中に入った。中央部分を上位龍エルダードラゴン龍息吹ドラゴンブレスによって破壊された時の振動で発生したと思われる数々の被害を目の当たりにした。それはこれまでの王国の歴史上初の大惨事であり、屈辱的な出来事になった。

窓ガラスはその多くが割れて破片が至る所に飛散し、一部は壁や床に突き刺さっていた。その壁や床もたくさんのひび割れがあり、建物としての強度は著しく低下していると思われた。2人とも甲冑の一部として金属製の靴を履いていたので足裏を怪我する事はなかった。月明かりが割れた窓から差し込んで廊下や部屋を照らしていたので、暗闇で進めないという事はなかったのは神の思し召しに思われた。

通用口から数十歩進んだ場所で2人は歩みを止めた。正確には冒険王ジョージが歩みを止めたのでそれに合わせてエリスが立ち止まった。そこは廊下が1階部分だけが建物の外に向けて半月状に大きく膨らんでいて、2階は小さなバルコニーになっていた。3階建ての城にもかかわらず2階までしか膨らみがなく、廊下がこのように膨らんで建設されている場所は他にない為、どこか違和感を覚える造りになっていた。

 エリスは急に立ち止まった冒険王ジョージに向かって疑問を口にした。

「突然止まってどうしたの?」

冒険王ジョージはその問いに膨らんだ廊下を見つめながら答えた。

「…、を死守せねばならん。例え生命に代えても…」

エリスは自分に向けられていないような答え方に感じた。冒険王ジョージの顔が悲壮感が充満していて、エリスは生命を掛ける覚悟をしていたので、彼も同じだと思われた。

が、もしかして、ここにあるの?」

冒険王ジョージは静かにゆっくりと1度だけ頷いた。

「まずはの無事を確認しなければ…」

そう言ってエリスを一瞥した冒険王ジョージは廊下の膨らんだ部分へ進み出て、腰に抱えていた自らの剣を鞘から抜いた。剣先を下に向けて両手で柄を持ち、頭上まで大きく振りかぶってから、床に向かって力の限りに突き刺した。強く突き刺そうとして右膝を床に付いた程だった。切っ先は石造りの床にぶつかって大きな火花と金属が硬い物と激突した時に発する耳障りな音をまき散らしたが、石の床に弾かれる事はなく、剣の1/4程が突き刺さった。剣の刺さり具合を見ると、冒険王ジョージが当てずっぽうに床へ突き刺したのではなく、突き刺すべき場所が決まっていたようだった。

 すぐに右膝を伸ばして立ち上がった冒険王ジョージは両手を床と平行になるまで持ち上げてから、両手を合わせてきつく握った。そして結んだ両手を剣の柄に埋め込んである金剛石ダイヤモンドに向けてやや下げて、精神を集中するために両目を瞑って少し顎を引いた。それから剣士であるはずの冒険王ジョージが呪文を唱えだした。

「敬愛する白き神々に謹んで申し上げる。御身のしもべたる使徒の英霊に敬意を表し、古の契約をここに具現せよ。禁秘探索フォービドゥンサーチ

 呪文の内容から純白教エスナウ神官魔法プリーストルーンのようだったが、エリスは初めて耳にする呪文だった。その謎の呪文に剣の金剛石ダイヤモンドが反応した。宝石は淡くて白い光を放ちだし、その淡白光は宝石から剣全体へと次第に拡散していった。光の拡散は止まることがなく、冒険王ジョージを包み、その後方に控えるエリスさえも包み、やがて半月状の廊下全体を包むに至った。そこで拡散が終了すると突き刺さった剣から濃くて白い光が天井に向かって下から上へ放たれた。それは眼を開けているのが辛い程の強さで、エリスは思わず左の掌を大きく広げて剣と自分の顔の間に差し出して光を遮断しようとした。冒険王ジョージはその強い光に対して眼を細めて我慢し、剣から発せられる反応を見逃さないようにしていた。

 濃白光はその色を次第に銀色に変えていき、放たれる光量ははさらに強くなっていったために、まぶしさに耐えていた冒険王ジョージの視界は淵の方から段々と白くなり、光景が見にくくなっていた。その白銀光は冒険王ジョージ達の空間を把握する能力を奪う程強くなり、冒険王ジョージとエリスは自分が自立しているかよく分からない、浮遊しているような感覚に襲われていった。

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