第025話 目的

『それぞれの思惑がそれぞれの目的を作る』


 鼓膜を破りかねない凄まじい轟音と共に巨大で強力な雷が『ライイングたわる女神ゴッデス』と称賛される白い王城を直撃した。むねの中央に配置された3階建ての塔を目掛けて落雷して、その強烈な威力の為に地面まで含めて周辺を穿つように大きな穴を開け、沢山の物がないまぜになって焼け焦げる匂いが臭く辺りに立ち込めた。その衝撃は大地と空気を大きく長く振動させ、大地震が発生したかのようだった。

 翼を羽ばたかせながら空中を浮遊していた上位龍エルダードラゴンはその光景を冷静に眺めていた。その姿は自身が解き放った「雷鳴サンダー咆哮ブレス」の威力と成果を確認しているように見え、凄まじい龍息吹ドラゴンブレスの為に体内のエネルギーを使い切ったので休憩しているようにも見えた。


 戦闘前の緊張状態にあった東城門付近からでも、王城の中心部分一帯がもろとも吹き飛ばされたのが分かった。それはドラゴン達との戦闘開始に備えていた純白王国フェイティー軍に大きな動揺を発生させた。象徴である建物が一瞬にして崩れ去るではなく光景を見て人間が恐怖を感じないという事は不可能であり、これまで経験したことがない恐怖は徐々に兵隊達を混乱させていった。あまりの衝撃的な光景にこみ上げる涙を堪える事ができない兵士もいて、恐怖で平常心を保つことができなくなる部隊も出てきた。そのため各部隊長達は部下達を落ち着かせるために鼓舞する事に手一杯となっていった。

 冒険王ジョージはそれぞれの部隊が混乱に陥っているのを見て、ドラゴン達の前に出た。近衛兵団も近衛卿のファナルマークスに率いられて冒険王ジョージの側に付き従った。そして冒険王ジョージは剣を抜いてドラゴン達に向かって臨戦の体制を取った。付き従う近衛兵団もそれに倣い、純白王国フェイティー軍の先頭に立った。混乱する兵隊達とそれにつられて対処が遅れ出した部隊長達に対して自らの身を投げ出して対処すべき相手を示して見せた。部隊長達は次々とそれに気づいていき、近衛兵団を中心とした臨戦態勢が構築されていった。鍛えられた軍隊のその動きは非常に早く、ドラゴン達は反撃しなかった。

 軍事卿のルードスは近衛兵団と入れ替わるように軍隊に指示を出し、冒険王ジョージに近づいた。

「陛下、先頭に立って頂いて全軍を鼓舞して戴き、誠にありがとうございます。陛下をお守りするにはもう少し後方で戦況を見守って戴けると幸いです」

と言って、冒険王ジョージを後方へと促した。冒険王ジョージの性格ではその場に居座って全軍を鼓舞し続けると言い兼ねず、ルードスは王が引き下がってくれるように祈るような気持ちを前面に出した。軍事卿の祈りが通じたようで王はドラゴン達の方を見つめたまま頷いて、

「そうか。ではすまぬが、この現場はそなたに任せて良いか?」

と言った。ルードスは心配事が霧散して少し肩透かしを喰らった気分になったが、彼の望んだ結果になった事に安堵していた。ルードスは

ドラゴンに対して引き続き今までの布陣と体制を維持せよ!」

と大きな声で周囲の部隊に指示を出し、その指示はさざ波のようにさらに遠方の部隊に広がっていき、混乱しかけていた軍隊の規律や士気は次第に取り戻されていった。


 冒険王ジョージは軍事卿のルードスに現場を任せて後方へ移動しながら、すぐ側に控える近衛卿のファナルマークスに対して声を掛けた。

「ファナルマークスよ、私はこれから王城に戻る。近衛兵団そなた達はこの場に留まり、遊軍としてドラゴン達に備え、王都軍と連携して市民と王都を死守せよ!」

その表情は鬼気迫るものがあり、ファナルマークスは気圧されそうになった。その圧力に、初めて王に謁見した時の緊張感を思い出していた。

「はっ、畏まりました!しかし陛下はなぜ今王城へ赴かれるのですか?確かに被害状況は気になりますが…」

近衛卿は王命を律儀に拝命しながらも、ふと不思議に感じた冒険王ジョージの行動に疑問を投げかけた。彼にとって眼の前のドラゴン達に対処する事が最優先事項に思われたからだった。その問いに対して、冒険王ジョージは王城の方向を厳しい視線で見つめたまますぐには答えなかった。近衛卿はその光景に不吉な雰囲気を感じていた。思いつめたような表情に見えたからだった。

純白王国フェイティーの王としての責務があるのだ」

それはファナルマークスの質問に回答した感じではなく、やや小さく低い声で独り言のようだった。しかし次の発声は大きくて力強かった。

「では、ここの死守を頼んだぞ!」

 そう言った後、態勢を整えていた兵隊達の間をかき分けて進み、少し後方で純白教エスナウ神官プリースト僧兵ムンクに指示を出していた大神官ハイプリーストのエリスの側に来た。王が自分の元へ近づいてくるのが分かった大神官ハイプリーストは配下への指示を一旦止めて、王へ力強い視線を向けて出迎えた。冒険王ジョージの醸し出す雰囲気が非常に厳しく感じられたため、何か強い決意を持っていると思われたのだった。

「どうしたの?前線を離れて…」

エリスの声は透き通った水のように清々しく、一瞬そこが戦場である事を忘れさせる程に精神を癒す力を持っているようだった。しかし、その声の雰囲気とは違って、彼女の表情はジョージに合わせて真剣なものになっていた。長い付き合いの中で彼がこのような雰囲気を身に纏った事は数える程しかなく、そのどれもが窮地に陥った時に発出されていた事を忘れていなかったからだった。冒険王ジョージは思いつめたような表情をしながら言った。

「…、を守らねばならん…」

王の表情を見て台詞を聞いたエリスは只事ではないと感じてすぐに、ある事を思い出した。その記憶は数々の修羅場を潜り抜けてきたエリスでさえ大きく動揺させた。

「えっ、って…。もしかして…!?」

エリスは血の気の引いた顔になり、急に体調を崩したかのように目眩めまいを覚えたようだった。その為すぐ側にいた神官プリーストは彼女の危険を察知して手を差し伸べようとした程だった。しかしエリスは神官プリーストの助けを受ける前に体勢を立て直し、冒険王ジョージが睨みつけるように見つめる王城の方向を彼に付き従うように眺めた。

「…、行かなきゃ…」

エリスは強い悲壮感を滲ませた表情で呟いた。そして側にいた神官プリーストに軍隊へのサポートの方法を指示してから、冒険王ジョージの顔を見てお互いに視線を合わせてゆっくりと頷いた。

 それからの2人の動きはとても速かった。馬を待機させていた前線の最後方まで全速力で駆けていき、すぐに馬に乗り王城へと速足ギャロップで駆けた。お互いの呼吸はピタリと合っており、動きには一切の無駄がなく、これ以上ない程の速度だった。

王城に近づくにつれてえぐられた部分がとても大きい事に気付かされた。東王城門の手前まで着くと2人は手綱を引いて馬を止めた。馬は長い距離を走ったために限界に近くなっていて、その場にへたり込んでしまった。その為2人はすぐに下馬して少しだけ馬を引いて、王城門の馬留に手綱を括り付けて休ませた。


 東王城門からでも巨大な落雷を受けた王城の被害状況が甚大である事は一目で分かった。建屋の中央部分にあった塔がその周囲の建物と地面ごとなくなっており、クレーターのようになっていた。えぐられた穴の最深部が見えないほどに深く、凄まじい破壊力だった事を物語っていた(もちろん2人には穴の大きさや深さが分かる事はなかったが)

が目的となると、滅亡するかもな…」

冒険王ジョージ大神官ハイプリーストのエリスを見つめながらそう言った。エリスはその台詞に静かに頷いた。

が目的だったなんて…」

2人は閉じてあった東王城門を開け、王城の敷地内へと入って行った。

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